遊戯王のインフレは1999年から始まっていた
【前書き】
【第1期の歴史12 遊戯王最初の事件 東京ドームの乱 プレミアムパック販売中止騒動】の続きとなります。ご注意ください。
東京ドームで起きた大騒動の影響は大きく、遊戯王OCG界隈に後々まで尾を引くダメージを残しました。この騒動が原因で遊戯王から離れてしまった方も決して少なくはなかったのではないでしょうか。
しかし、そんな事件の裏では、何事もなかったように新たなカード群がひっそりと誕生していました。あるいは騒動の外に居たプレイヤーにとっては、こちらの方が重要な出来事だったのかもしれません。
【当時の環境 1999年8月26日】
1999年8月26日、「BOOSTER4」が販売され、新たに35種類のカードが誕生しました。遊戯王OCG全体のカードプールは423種類となり、最初期から10倍以上の規模となりました。
結論から先に申し上げますと、このカード群には当時の常識では考えられないようなカードが何枚も紛れ込んでいました。
インフレしていく攻撃力
まずは「アックス・レイダー」というカードです。
星4/地属性/戦士族/攻撃力1700/守備力1150
目を引くのは攻撃力1700という部分でしょう。当時最強の下級アタッカーである「ホーリー・ドール」を上回る打点を持っており、事実上の攻撃力ラインの更新が行われたことが窺えます。
とはいえ、1600ラインの成立からは既に3ヶ月が経過していたため、この辺りはカードゲームとしてはごく自然な推移です。少なくともインフレ呼ばわりするような事態ではなく、ここで話が終わっていれば平和だったと言えるでしょう。
しかし、この「アックス・レイダー」は前座に過ぎませんでした。
「ランプの魔精・ラ・ジーン」の存在があったからです。
星4/闇属性/悪魔族/攻撃力1800/守備力1000
見て分かる通り、なんと下級モンスターにして1800もの攻撃力を誇っています。これは当時の上級モンスターの大半を上回る打点であり、むしろこれを超える攻撃力を持つレベル5のモンスターは「カース・オブ・ドラゴン」しか存在しなかったため、まさに規格外の攻撃力です。
実質的には生け贄不要な上級モンスターが唐突に現れたようなもので、この「ランプの魔精・ラ・ジーン」の存在によって上級、下級のアタッカーラインが完全に崩壊してしまうことになりました。当然、従来の下級アタッカーとは明らかに隔絶したカードパワーを持っており、もはや「アックス・レイダー」どころの話ではありません。
しかし、この「ランプの魔精・ラ・ジーン」もまた、真打の前には脇役に過ぎないカードでした。
真打その1、「メカ・ハンター」です。
星4/闇属性/機械族/攻撃力1850/守備力800
攻撃力1850と「ランプの魔精・ラ・ジーン」の攻撃力を50上回っています。数値にして僅かではありますが、ゲームにおいては無限大とも言える格差です。守備力の低さもアタッカーにとっては問題ではなく、事実上は「ランプの魔精・ラ・ジーン」の上位互換にあたるカードとなっていました。
「ホーリー・ドール」から見れば上位互換の上位互換の上位互換カードであり、いくら何でも急激すぎるインフレです。百歩譲ってもこれらが同一のパック出身というのは何かの冗談と言うほかなく、明らかにプレイヤーの理解を超えています。
しかし、この「メカ・ハンター」も真打の一人ではありましたが、正確にはこれですら二番手のアタッカーとなっていました。
真打その2、「ヂェミナイ・エルフ」です。
星4/地属性/魔法使い族/攻撃力1900/守備力900
攻撃力1900。もはや驚くこともままなりません。上級どころか当時のモンスターカード全体を見渡しても上位に入る打点であり、完全に意味不明な領域に踏み込んでいます。
攻撃力1900というのは、現在においてさえ下級モンスターの一つの基準となっている数値です。言い換えれば、未来でも通用する概念が1999年に誕生してしまったようなものであり、あまりにも時代を先取りしすぎていると言うほかありません。
もちろん、当時のプレイヤーにとっても理解不能な攻撃力でした。本来、時間をかけて積み重ねていくべきである攻撃力インフレがこの時期に集中して発生しており、まず認識そのものが追い付かない、という状況です。
個人的な話で恐縮ですが、この時は強いカードを手に入れた喜びよりも、足元が崩れるような不安を感じたことを覚えています。「デーモンの召喚」の時にも少し感じたことですが、このまま無限にモンスターの攻撃力が上がり続け、やがては「青眼の白龍」以上の攻撃力を持つ下級モンスターも現れてしまうのではないか、という懸念を覚えずにはいられませんでした。
実際には、そこまで直球なインフレが起こることはありませんでしたが、この時の末期感は今でも薄っすらと思い出せます。分かりやすく例えるなら、終了間際のソーシャルゲームを遊んでいるような感覚です。
最凶のドローソース 天使の施し
ともあれ、以上の出来事から「ホーリー・ドール」を始めとした攻撃力1600のアタッカーは軒並み淘汰され、ここで誕生した新世代のアタッカー達に採用枠を独占される形となりました。
しかし、この時に起きた出来事はこれだけではありませんでした。それどころか、場合によってはこちらの方が重大な出来事とすら言えるかもしれません。
かの「強欲な壺」と並ぶ遊戯王OCG屈指の凶悪ドローソース、「天使の施し」の誕生です。
デッキからカードを3枚引き、その後手札からカードを2枚捨てる。
テキストの通り、3枚ドローして2枚ディスカードする効果を持っています。アドバンテージ的には3:3交換と等価交換ですが、他のカードと組み合わせることで実質的なアドバンテージに変換することができます。
一例として、当時有名だったコンボに「捨て蘇生」と呼ばれる戦術がありました。「デーモンの召喚」「青眼の白龍」などのモンスターを一旦墓地に落としてから「死者蘇生」で蘇生することで、アドバンテージを失わずに高打点モンスターを場に出すことができます。
また、当時は蘇生制限のルールがまだ存在していなかったため、「究極完全態・グレート・モス」などの特殊召喚モンスターであっても「死者蘇生」で墓地から釣り上げることが可能でした。正規召喚よりも遥かに容易に「究極完全態・グレート・モス」を場に出すことができたことから、この戦術を好むプレイヤーも少なくなかったと言われます。
ともあれ、この「天使の施し」というカードはどの角度から見ても最高水準と言えるドローソースであり、特にカードプールの広がった現在では「強欲な壺」以上の可能性を秘めている(※)カードです。
(※とはいえ、やはりカード単体で見た場合のスペックは「強欲な壺」の方が遥かに狂っていますが……)
もちろん、コンボを考えずに手札の質を高めることだけに用いても十分に強力なドローソースだったため、当時は積まない理由がないと断言できるパワーカードとなっていました。
ゲームバランス崩壊の兆し
しかしながら、あまりこういったことは口にするべきではないのかもしれませんが、これらのドローカードの台頭は当時の環境に健全でない影響を及ぼしてしまいました。
例えば、「強欲な壺」と「天使の施し」に加え、魔法カードを回収できる「聖なる魔術師」をそれぞれ3枚積んだケースのことを考えます。
上記の場合、期待値的には4~5ターンに1枚それらのカードを引くことになりますが、これはドローカードでデッキを掘り進めることで実質的に短縮可能です。計算上は4~5枚のカードを引けば次のドローカードを1枚引き当てられるため、初手に握っているドローカードが多いほど次のドローカードを引けるまでのターン数が短くなります。
例として、「強欲な壺」「天使の施し」を1枚ずつ握っている場合、デッキ内のドローカード比率は7/35となり、計5枚のドローによって期待値が1に達します。すると引き込んだドローカードによって更なるドロー加速ができ、次のドローカードを引けるまでのターン数(※)が更に短くなってしまうわけです。
(※大雑把な計算ですが、この場合の期待値は2.5ターンです)
ところが、逆にドローカードを1枚も握れていない場合は悲惨な状況に陥ります。
上述の通り、本来の確率の上ではそう簡単にドローカードを引き当てるようなことはできません。サルベージカードである「聖なる魔術師」は単体ではドローカードとしてカウントできないため、デッキ内のドローカード比率は6/35となり、期待値的には最初のドローカードを引き込むまでに6ターンかかってしまいます。
ドローカードを2.5ターンで4枚発動できるプレイヤーと、1枚発動するのにすら6ターンかかるプレイヤーが対等に戦えるはずがないのは火を見るより明らかです。こうした事情から当時のゲームはいかにリソースを管理するかというプレイングではなく、いかにドローカードを初手に沢山握るかというリアルラックが重要な要素を占めていくことになりました。
自分がリソースを考慮して除去を温存する横で、相手が「強欲な壺」「天使の施し」を連打して手札を溢れさせ、悠々と「聖なる魔術師」をセットするといったシチュエーションが頻発し、真面目にプレイするのが馬鹿らしくなるほどでした。
その逆もまた然りです。ドローソースの有無だけでアドバンテージ・ゲームがほぼほぼ決着してしまい、拮抗した盤面も「強欲な壺」をトップした瞬間に傾き、そこからドローが連鎖し始めれば一瞬で崩れ去ってしまいます。
一歩一歩着実に前に進んでいた筈の遊戯王OCGは、ここに来て急速なゲームバランスの崩壊を引き起こしつつありました。
【まとめ】
当時起こった出来事については以上の通りです。
下級モンスターの急激な攻撃力インフレ、そしてドローソースの飽和と、危険な兆候が同時に現れた時期であり、多くのプレイヤーが遊戯王OCGの将来に不安を覚えたのではないでしょうか。カードゲームを嗜む以上、多かれ少なかれカードパワーのインフレは受け入れるべきですが、これほどの激しい変化には戸惑いを感じずにはいられませんでした。
もっとも、ここから僅か数ヶ月で上記のインフレが子供騙しに見えるほどの極度のインフレが発生してしまうことになるのですが……。
ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ディスカッション
コメント一覧
MTGやデジタルカードゲームであるハースストーン&シャドウバースのように
スタンダード制でカードプールを制限するのではなく
制限カードで逐一禁止していくためカードパワーのインフレ化が他よりも早い遊戯王の特徴を垣間見ることができる記事ですね
コメントありがとうございます。
遊戯王はMtGで言うところのレガシーが標準フォーマットになってしまっている状況ですので、ゲームバランスの調整には相当の負荷がかかっているように思います。
それでも20年続いている辺りに、底知れない生存力のようなものが垣間見えるようでもあります。
読んでて懐かしいです。
新テーマが出るたびに暴れ、規制され、また新たなテーマを作り暴れさせる。
そのやり口に嫌気がさして離れましたが、冷静に見てくと古くから調整不足感が否めない…
今となっては(とはいえ相当前)リソースは発生しますが、
『「青眼の白龍」以上の攻撃力を持つ下級モンスター』
は生まれてしまってますね。
コメントありがとうございます。
カードゲームにインフレはつきものですが、遊戯王OCGに関しては特にその傾向が顕著であるように思われます。現在では青眼どころか1枚から先攻制圧やワンキルを決めるルートも開拓されている始末ですし、カードプールが無限に広がり続けることの恐ろしさをひしひしと実感する次第です。