世紀末次元の終結 そして新世紀へ

【目次】
前書き


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【前書き】

 この小説は、「遊戯王ADSで世紀末トーナメント」シリーズの三次創作です。作者様である本体氏から掲載許可をいただき、投稿いたしております。

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【1】

「決闘疲労症です。ご心配なく」

 簡潔に言い放たれたジュノンの言葉に、サラはほっと安堵のため息を吐いた。ほとんど無意識の反応だった。

 ぴりぴりと張り詰めた不穏な沈黙が病室の中を漂っている。窓から差し込む日光の温かさに反して、室内の空気はどこまでも冷たい。サラは慌てて息を潜めた。

 雲の上の存在との一対一の面談。それはもはや凶器となって襲い来る魔獣そのものだ。普段通りに息をすることすら憚られるようでもある。

 この酷く重苦しい空間が、つい先ほどまで楽しくデュエルをしていた場所と同じところだとは、サラにはどうしても思えなかった。

「あー、その……迷惑かけました。ごめんなさい」

 サラは不慣れながらも精一杯の謝意を示し、ぺこりと頭を下げた。流石のサラも、この世界の神を相手にずけずけと物を言う勇気はない。

 デュエル終了後、倒れたモルモラットを抱えて途方に暮れるサラの前に、まるで知っていたかのように現れたジュノン――この世界の実質的な支配者は、面倒を起こした狼藉者をじろりと見下ろした。それだけでサラは震え上がった。

 物を見るような視線。敵意も関心も感じられない無機質な眼は、彼女の超越的な精神性を何よりも雄弁に物語る。

 サラの過ちは、不幸にもそれを読み取ってしまったこと。彼女が己の特技を初めて恨んだ瞬間だ。

「ふむ」

 ジュノンは特に何かを口にするでもなく、ただ一度だけ頷いた。神、あるいはそれに近しい存在である彼女にとって、意識のリソースを割くに値する重要な事柄はそれほど多くはない。

 その数少ない一つが、円滑に物事を管理できているかどうかということだ。

 ――超怖い!

 ぶわりと嫌な汗が滲むような威圧感を前に、サラは思わず借りてきた猫のように小さくなる。強いて言うのであれば、サラは今すぐこの空間から瞬間移動したくなった。

 とはいえ。

 サラがそうと悟った通り、ジュノンがサラ個人に対して特別な意識を向けることはない。ほとんど記号同然の認識と言っても過言ではないだろう。

 実態はどうあれ、それはある種の寛容性の表れとも言える。彼女は賢く、理性的で、そしてとても平等だ。支配者として必要なものを備えていることは間違いない。

「送りましょう。よろしいですか?」

「お、お世話になります……」

 半ば確認に等しいジュノンからの提案。サラはほとんど思考停止したまま、ありがたくそれを受け取ることにした。

 ジュノンは無言で虚空から魔導書を取り出すと、ページを何度かめくった。ほどなくサラの周囲の空間が歪み始め、一拍置いて別の座標と重なり合う。

 一瞬の浮遊感。

 思わずぎゅっと目を閉じたサラを置き去りに、魔導書による転移が正確に実行される。僅かな衝撃が空気を通り抜け、同時に目の前にあったジュノンの気配が消える。

 サラは恐る恐る目を開けた。

 ――おお、家……。

 帰宅である。

 薄暗い空間に似つかわしくないメルヘンチックな一軒家。眼前に映る光景を何度か吟味し、たっぷり10秒以上かけてサラは現状を理解した。まるで白昼夢のような状況だったが、目の前の光景は紛れもなく現実だ。

 今すぐこの空間から瞬間移動したい。先ほどのサラの願いは図らずも叶えられたと言える。

 食人植物が無数に生息し、至るところで天然の落とし穴が自然発生する魔窟。一部では時空間の歪みすら生まれており、迷い込んだが最後二度と生きては戻ってこられないとも囁かれる危険地帯だ。

 そんな領域も蟲惑魔にとっては庭同然。堂々と最深部に居を構えるサラだったが、流石にここまでショートカットしたことはない。

「ていうか、家の場所とか伝えてたっけ……?」

 疑問を声に出すと同時に、サラはジュノンの手の平の上にいる感覚にぶるりと震えた。一体どこからどこまでを把握されているのか?

 いや、知られているだけならばまだいい。もしも、気付かない内にコントロールされているとしたら? ……考えれば考えるほど深みに嵌っていくようでもある。

 サラはふらふらと家の玄関を上がると、追い立てられるように寝室へと向かう。ぼふりと音を立ててベッドに突っ伏し、うー、と唸った。

 ――次に会いに行くのは、退院してからにしようかな……。

 だらけた姿勢で寝転がったせいか、疲労感が身体にどっと伸しかかってくる。遅れてやってきた睡魔に逆らわず、サラは何も考えずに寝ることにした。

 

【2】

「ウウム……一体どうすれば」

 世紀末次元とは位相の異なる固有空間。世界の管理人、ジュノンの居城である「多元魔導書院ラメイソン/The Grand Multiverse Spellbook Tower」の中心部にて、一匹のドラゴンが途方に暮れていた。

 ジュノンと双璧を成す世紀末次元の王者、「DR-ブラスター」だ。

 隕石の衝突。

 彼を中心に広がる圧倒的な破壊の跡。周辺一帯は瓦礫の山と化し、その足元からは真紅の溶岩が次々と流れ出る。ぶすぶすと重低音を響かせるマグマは不思議と固まる様子もなく、徐々に周囲を侵食して煉獄の世界へと塗り潰していた。

「また突然の訪問ですね……城を壊すのは程々にしていただきたいと言ったはずですが」

 そんな彼の元に突然、何もない空中から声が響く。直後、空間を切り裂くようにして現れたジュノンは、面倒を起こした狼藉者をじとりと見下ろした。

 愚痴を零しながらも、魔導書を開いて手早く城を修復する。これで彼が力を抑えていることはジュノンも理解しているのだ。

 自分と同格の存在、それも暴力に特化したドラゴン・ルーラーにとって、この繊細な世界はあまりに脆い。水面に飛び込めば水飛沫が上がるように、少し動けば周囲の全てを粉々に踏み潰してしまう。

 修復を終えたのち、今度はブラスターの周囲に結界を張る。ほどなく彼を取り巻いていた暴力的な灼熱の鎧が消失し、辺りには穏やかな静けさが戻った。

「いや、すみません。いつもいつも……」

 魔導書を仕舞い込むジュノンに向かって、ブラスターがぺこぺこと頭を下げる。毎度のことではあったが、余計な手間をかけさせたことを悔いるさまは、彼の種族らしからぬ温和な性格を分かりやすく示しているようだった。

 最強の暴力に宿る無垢な精神。

 ブラスターという存在は奇跡のようなバランスで成り立っている。その力の大きさが幸いし、早々の刺激では爆発しないとはいえ、彼が恐るべき核兵器でもあることは間違いない。

「それで、何の用ですか?」

 もっとも。

 本人を含め、それを気にするものはこの場には存在しない。結局のところ、口では何と言おうと2人の間ではこの程度のことなど挨拶に等しいのだ。

 ジュノンは何事もなかったかのようにブラスターへと向き直ると、改めて用件を尋ねる。

 無限に転生を繰り返すドラゴン・ルーラー、その時間のスケールは途方もなく遠大だ。その気になれば常識的な時間感覚で行動することも可能だが、基本的には年単位もしくはそれ以上のスパンで生きている。

 普段の彼の主な行動はおおよそ2パターンに大別される。火山の噴火口で眠りについているか、あるいは眠っていた場所が新しい火山になっているかのどちらかだ。外の世界に出てくることはおろか、わざわざ自分の居城にまで足を踏み入れてくることはほとんどない。

 つまるところ、彼の手で解決できない「繊細な問題」が発生したということだ。

「その、この前マスターP君が退院したじゃないですか」

 後ろめたさからか、ブラスターはウウム、と一度唸ってから、ぽつぽつと話を切り出した。

 マスターP、正式名称を「真竜剣皇マスターP」とされる精霊。【真竜】の精霊力が具現化した姿であり、モルモラットと同じく【カオス】によって命を落とした被害者の一人だ。

 だが、入院後ものの一晩で退院していったばかりか、挙句の果てには大会のエキシビションマッチにまで乱入してしまうほどに強靭なタフネスの持ち主でもある。一体どういう経緯を辿ってそうなったのかは不明だが、いずれにせよ依然意識が戻らないモルモラットとは対照的にバイタリティに富んだ精霊であることは間違いない。

 言い淀むブラスターに対して、ジュノンは身振りで先を促す。彼女としても悪い知らせであることは察しているが、大抵の問題には後手に回っても対処できるだけの余裕がある。

「それで、まあ……そのお祝い的な感じで盛り上がってたんですけど」

「ふむ」

 軽く相槌を打ちながらも、マスターPがブラスターと交友関係にあることを認識し、彼とその周辺人物の価値を一段引き上げた。ジュノンの視点では誤差のような好感度の違いだが、彼女の障害となった際に穏便な手段を取る可能性が上がるという意味では、大きな価値を持つ違いとも言える。

「その時に渡しちゃったんですよね……リンクモンスター」

 そして遂に、恐る恐る己の過ちを白状するブラスター。罪状は「カード流出罪」、間違いなく有罪だ。

 リンクモンスター。融合、シンクロ、エクシーズに続く第4のエクストラ系列モンスターであり、レベル、そして守備力を持たないなど従来のモンスターとは大きく異なる形式のデザインとなっている。OCG次元ではこのカード群の参入と同時に新マスタールールが導入され、当時の環境に激震が走ったほどだ。

 世紀末次元ではジュノンの判断により一時的に導入が止められているが、時期を見て取り入れるつもりではあった。

 だが、ブラスターはそうしてジュノンが温めていた計画の一部をいたずらに流出させてしまったのだ。彼女にとっては対処可能な面倒の一つに過ぎないとはいえ、それでも問題であることに変わりはない。

 ジュノンは彼の愚行を責めるようにじっとりと半眼になってみせる。

「なぜそんなことを……」

「いや、なんかその場の勢いで……」

 あまりにも救いようがない理由である。

 ジュノンは頭痛を抑えるように複雑な表情を覗かせた。安易に権限の共有を許していた自分にも責任はあるが、その場の勢いで機密データを漏らす方もどうかしている。

「一体、何を渡したのですか?」

 ジュノンは努めて感情を抑えながら、目の前の駄竜に詰問した。起こってしまったことは仕方がない。そろそろ建設的な話し合いをする段階に移るべきだろう。

 「電影の騎士ガイアセイバー」程度であれば、軽く様子を見るだけで良い。何なら放置しておいても構わないほどだ。

 「ファイアウォール・ドラゴン」は……少し怪しい。何らかの対処は必要だろう。

 まさかとは思うが、「水晶機巧-ハリファイバー」を筆頭とする「LINK VRAINS PACK」の魔物を手放してしまったのではないだろうか――

「ええと……全部、です」

 推測を立てるジュノンに特大の爆弾が落とされる。ジュノンは思わず口を開きかけ、しかし一旦言葉を飲み込んでから、おもむろに問いを投げかけた。

「全部?」

「はい」

 全部。すなわち「ある事柄の全て」であり、「一部」の反対の意味を持つ言葉だ。今の状況においては「現存するリンクモンスター全種」を指していると言える。

「失礼、少々覗かせていただきます」

 ジュノンは。

 具体的な何かを口にする前に、ひとまず魔導書を広げて過去視に集中することにした。プライバシーの侵害にあたる以上、彼女としても積極的に行いたいことではないが、もはやそんな悠長なことは言っていられない。

 ややあって、ジュノンの脳裏に過去の光景がありありと浮かび上がってくる。

 登場人物は2名。ブラスターとマスターPだ。何やら溶岩風呂で盛り上がっている。普通の精霊であれば即死ものだが、流石は完全耐性持ち、多少過酷な環境下でも平然としていられるらしい。

 しばらくは意気投合して話に花を咲かせている様子だったが、徐々に雲行きが怪しくなってくる。一体何を思ったのか、ブラスターがリンクモンスターのデータをカード化すると、まるで紙吹雪か何かのように盛大にばら撒き始めたのだ。マスターPの方も状況をよく飲み込めないまま、その場の流れでカードを受け取ってしまっている。

 そこまで見た辺りで遂に頭痛を抑えられなくなり、ジュノンは強引に魔導書を閉じた。これ以上はまともに見ていられる自信がない。

 つまるところ、この酷く愚かで考えなしの生き物は文字通り現存する全てのリンクモンスターをリークしてしまったのだ。それも、たった一人のデュエリストに。

 一体どれほどの混乱が起こるか、考えるだけで頭が痛くなる。

「いや、もう……ほんとにすみません。というか生きててごめんなさい……」

 出くわした面倒の大きさに眉間を揉み解すジュノンを前に、ブラスターはへなりと脱力して項垂れた。あまりにも落ち込みすぎたせいか、「DR-ブラスター」から「DR-バーナー」に縮んでしまっている。

「構いません……元々、近日中に導入を進めるつもりでいましたから」

 猫並みのサイズにしぼんで首を垂れる情けない姿に毒気を抜かれたのか。呆れたようにため息を吐きながらも、ジュノンはブラスターへの追及の手を緩めた。

 意図しない機密データの大量流出。確かに大きな痛手ではあるが、致命的というほどではない。

 リンクモンスターが交友関係の狭い精霊の手に渡ったことも不幸中の幸いだろう。一旦広まってしまった後ならばともかく、一ヵ所に集まっている現時点で回収することは容易い。

 もっと言えば、これは考えようによってはチャンスでもある。大々的に自分が主導した場合とは違い、新ルールへのニュートラルな反応を調査することができるからだ。

 問題はマスターP一人の力ではリンクモンスターを使いこなせない可能性が高いことだが、モルモラットが彼と交友関係にあることは判明している。テストモデルとしての役割は彼女に任せれば良い。

 二人のデュエルから十分なデータを収集、しかる後にリンクモンスターを手元に回収する。間に合わせの対応としては悪くないはずだ。

 不確定要素の多い計画だが、ジュノンの手にかかれば都合の良い世界線を手繰り寄せることは難しくない。事前にシチュエーションさえ整えてやれば、あとは自然に望んだシナリオが転がり込んでくるだろう。

 最悪、

 ――また創り直せばいい。

 ジュノンの瞳の奥底に、どこか厭世的に冷めきった光が一瞬よぎる。彼女にとって本当に替えがきかないものは片手で数えるほどしかない。軽重の差こそあれ、そのほとんどは手放しても惜しくはない存在だ。

 それはこの世紀末次元すら例外ではない。必要とあらば、そこに住む住人ごと何度でも創り直すことだろう。……流石に、大きな痛みと後悔を伴うことは確かだが。

「……うん? どうしたんですか?」

 ジュノンはおもむろにバーナーの元にしゃがみ込むと、両手ですくい上げるように持ち上げた。白く細い指に包まれた小竜の胴体がルビーのように瞬き、小さな翼がぱたぱたと動く。

「さて」

 ジュノンは何をするでもなく、バーナーからゆっくりと手を離した。彼は落下することなく空中にとどまったが、幼体であるせいか、ふらふらと頼りない動きで宙を流れている。

 やがてバーナーはおもむろに地面に降り立つと、ごろりと地面に寝転がってその場で居眠りを始めた。先ほどまでの話を全て忘れたかのように、ぐうすかと呑気にいびきをかいている。

「全く……」

 ――どうしようもない。

 小竜化しているとはいえ、この怠け者がドラゴン・ルーラーであることに変わりはない。もしもこのまま放っておけば、しばらくしない内に彼の周りは灼熱の地獄と化すだろう。

 要するにジュノンはこの場で結界を張り続ける羽目になってしまったということだ。傍迷惑にもほどがある。

「――ふふ」

 だが、それも……悪くはない。

 

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