世紀末次元の3ターン目は終盤

2018年5月15日

【目次】
前書き


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【前書き】

 この小説は、「遊戯王ADSで世紀末トーナメント」シリーズの三次創作です。作者様である本体氏から掲載許可をいただき、投稿しております。

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【1】

「ターンもらいます」

「どーぞ」

 運命の3ターン目。モルモラットの先攻で始まったデュエルは、遂に最終盤面を迎えようとしていた。

 モルモラットの手札は5枚。「幽鬼うさぎ」が2枚、「増殖するG」が1枚、「十二獣ヴァイパー」が1枚、「十二獣の相生」が1枚だ。

 対するサラの手札は1枚。「ハーピィの羽根帚」を抱え込んでいるだけだ。ハンド・アドバンテージの格差は考えるまでもない。

 一方、フィールドの状況は不安定。どう転んでもおかしくない盤面だ。

 モルモラットのフィールドには「十二獣ドランシア」「十二獣ハマーコング」「ダイガスタ・エメラル」の3体が並んでいる。魔法&罠ゾーンにカードは一切存在しない。

 「十二獣ドランシア」の持つX素材は「十二獣サラブレード」と「十二獣ヴァイパー」の2枚。つまり、攻撃力は2800だ。最上級ラインであり、おおよそ信頼できる数値と言える。

 「十二獣ハマーコング」は「十二獣ヴァイパー」のみ、つまり攻撃力は1200とやや物足りない。手札の「十二獣ヴァイパー」を吸わせれば2400打点に届くが……このマッチアップではぎりぎりのところで打点不足を起こしている。

 対するサラもボード・アドバンテージの枚数は3。モンスターが2体にセットカードが1枚だ。

 見えているのは「トリオンの蟲惑魔」、そして「サラの蟲惑魔」がそれぞれ1体ずつ。前者はありふれた下級モンスターだが、後者は1枚でゲームを終わらせる力を持つ凶悪なモンスターに他ならない。

 だが、ここまで判明済みのカードだけで判断するのであれば、サラは既に負けている。更地に着地すれば恐るべき脅威となる「サラの蟲惑魔」であっても、既に固まった盤面を返すほどの能力はない。「十二獣ハマーコング」による耐性もついている以上、「十二獣ドランシア」に戦闘破壊されることは避けられないだろう。

 だが、謎のセットカードの存在がゲームの行方をくらませている。ただのブラフであれば結果は見えているが……。

 ――コズサイ、逆にしとけばよかった。

 モルモラットは今更ながら、先ほどの「コズミック・サイクロン」の対象選択を後悔した。除外したカードは「強欲で貪欲な壺」、まず間違いなくブラフだ。2枚のセットカードがあったとして、どちらもブラフであると考えるのは見通しが甘すぎると言わざるを得ない。

 そもそも、サラは3枚の手札のうち2枚を伏せたのだ。つまり、手札3枚全てが不要牌でもない限りその状況には陥らない。何かあると思って動いた方がいいだろう。

 ――やっぱ後攻スタートはキツイかな……。

 とはいえ。

 OCG次元がそうであるように、遊戯王における先攻絶対有利の法則は揺らがない。むしろその傾向は世紀末次元ではより一層顕著に表れているとも言える。

 後攻スタートにもかかわらず、曲がりなりにも対等に戦いを繰り広げているサラの実力の方が異常なのだ。身も蓋もない話だが、実際のところ仮にサラが先攻を取っていればモルモラットは何もできずに負けていただろう。

「ドロー。メイン入ります」

「ん、いいよ」

 サラが優先権を放棄したことを確認し、モルモラットがメインフェイズに入る。

 ドローフェイズに通常ドローで引いたカードは「炎舞-「天キ」」だ。発動時の効果処理として下級獣戦士族1体をサーチできる優秀な初動パーツだが、既に展開し切った今はほとんど役に立たない。

 だが、今この時に限ればもう一つの「おまけ」の効果、獣戦士族モンスターの攻撃力を100上げる永続効果が役に立つ可能性もある。なぜなら、「十二獣ハマーコング」の攻撃力が1300に――つまり手札の「十二獣ヴァイパー」を吸収させれば2500打点に到達し、「サラの蟲惑魔」と相打ちできるようになるからだ。

 効果の発動を封じられている以上、このマッチアップにおいては単純な攻撃力の高さが普段の何倍もの意味を持つ。もちろん、相手には「トリオンの蟲惑魔」という武器があるため過信はできないが、「幽鬼うさぎ」の発動機会を作り出すきっかけになると考えれば悪くはない。

 ――とりあえずドロー、かな。

「墓地の方合を除外して効果を発動します。対象はタイグリス、モルモラット、ラム、サラブレード、会局です」

 モルモラットが最初に選び取った行動は、墓地の「十二獣の方合」の効果を発動することだった。

 「十二獣の方合」はカード発動時の効果のほかに、自身を除外して使用できる墓地発動効果も備えている。その効果は、墓地の「十二獣」カードを5枚対象に取ってデッキに戻し、その後1枚ドローするというものだ。

 単純にアドバンテージが取れる上に、墓地回収によってデッキリソースを回復させることもできる効果は非常に使い勝手が良い。これが墓地へ送られたターン中には発動できず、また同名カードは1枚ずつしか選べないが、堅実な活躍が期待できる優良カードと言えるだろう。

 ちなみに、カード発動時の効果は簡潔に言えば「X素材の補充」。弱くはないが、強くもない効果だ。少なくともこれ目当てでこのカードが使われることはない。

「通し」

「解決します」

 エクストラデッキに「十二獣タイグリス」を、残り4枚をメインデッキに戻し、1枚ドローする。

 引いたのは「増殖するG」。手札のものと合わせて2枚目だ。あまり強い引きではないが、現状デッキに残っているカードは引きたくないカードの方が多い。贅沢は言えないだろう。

「天キを発動します」

「どーぞ」

「解決します。発動時の効果処理としてサラブレードをサーチします」

 その後、「炎舞-「天キ」」が発動され、その効果処理としてサーチ効果が適用された。

 手札に加わったのは「十二獣サラブレード」。直前に「十二獣の方合」の効果でデッキに戻したカードだ。

 さらに、「炎舞-「天キ」」が魔法&罠ゾーンに張られたことで永続効果が適用され始め、モルモラットのフィールドの獣戦士族モンスターの攻撃力が100ずつ強化される。それぞれ、「十二獣ドランシア」が2900、「十二獣ハマーコング」が1300だ。

「何かありますか?」

「無いかな」

「それなら、サラブレードを召喚します」

「通し。動いていいよ」

「あ、はい」

 続けて「十二獣サラブレード」が召喚される。

 ここまでは予定調和。問題はここからどう動くかだ。

「すみません、考えます」

 モルモラットは盤面をゆっくりと見渡しながら、長考に入ることを宣言した。

 考えることは一つだ。サラが何を伏せているのかを推測する必要がある。

 ヒントがあるとすれば、それは2ターン目のサラの行動だろう。より具体的には、「強欲で貪欲な壺」を撃ってから「ランカの蟲惑魔」を召喚するまでの間の思考回路を読み切ればいい。

 モルモラットは静かにサラの思考をトレースしていく。

 手札は6枚。そのうち、「成金ゴブリン」「ランカの蟲惑魔」「月の書」「禁じられた聖衣」の4枚を握っていたことは確実だ。

 「強欲で貪欲な壺」も見えてはいるが、それは「成金ゴブリン」で引いていた可能性もある。このタイミングで握っていたかどうかは分からない。

 元々握っていたのであれば、未判明カードは残り1枚。そうでなければ2枚となる。どちらのパターンであってもドロー含めて全体の枚数は3枚だ。

 そして、肝心の中身だが、これについても推測を立てることはできる。相手のデッキの構造がおおよそ判明している以上、消去法によって結論を導き出すことは容易い。

 まず、サラが有効牌を2枚以上握っていたということはあり得ない。なぜならその場合、2枚のセットカードの中に「強欲で貪欲な壺」が含まれているはずがないからだ。

 つまり、未判明カードのうち1枚が「不要牌」という要素で潰れることになる。追加のドローソースか2体目以降のモンスターか、どんなカードを握っていたのかまでは分からないが、それだけ分かれば十分だろう。

 よって必然的にサラが置かれていた状況は以下の2パターンに大別される。

 「不要牌を2枚抱えており、ドローで何かを引いた」か、「不要牌と有効牌を1枚ずつ握っていたが、ドローで不要牌を引いた」かのどちらか。ここまでは単純な算数の問題だ。

 前者のパターンについては推測のしようがない。考えるだけ無意味だが、モルモラットにとっては好都合とも言える展開でもある。

 なぜなら確率上、サラのセットカードがブラフである可能性が高まるからだ。仮に有効牌であったとしても、それが「月の書」などの単体対象カードであれば脅威度はぐっと下がる。

 では仮に後者のパターンであったとして、その有効牌とは一体何なのか?

 少なくとも「禁じられた聖杯」や「月の書」などの除去カードではなかったはずだ。除去カードを2枚握っていたのであれば、1枚目で「十二獣ハマーコング」を、2枚目で「十二獣ドランシア」を無力化することを狙っていたに違いない。

 同じ理由で「皆既日蝕の書」でもないだろう。というより、「皆既日蝕の書」を2枚握っている【サラ蟲惑魔】相手に立ち向かうのは土台無理な話でもある。そこまでされたらモルモラットも相手の運命力を讃えるしかない。

 これらのことから、セットカードの正体は「禁じられた聖槍」や「禁じられた聖衣」などの防御カード、あるいはすぐには撃てない罠カードのいずれかに限られることが分かる。

 可能性を一つずつ潰していく。

 「禁じられた聖衣」。これは違う。

 仮に2枚握っていたのであれば、「月の書」は温存して「禁じられた聖衣」の方を特殊X召喚の展開札に使用していたはずだ。安易に除去を使い捨ててしまった場合、「成金ゴブリン」のドローで2枚目の除去を引いた時に裏目となる。

 元々サラは裏目を踏まないプレイングを意識して取っている節がある。よってセットカードが「禁じられた聖衣」である確率は低い。

 次。

 「禁じられた聖槍」でもないだろう。その場合、あの時モルモラットが「幽鬼うさぎ」をチェーンしないことを選んだ瞬間、まず間違いなく「禁じられた聖槍」を切っていたはずだからだ。

 これに関しては考える余地はない。もちろん、サラがプレイングミスを犯していた場合はその限りではないが、流石にその可能性を考えるのは精霊デュエリスト、とりわけサラほどの実力者に対しては失礼にあたる。

 よって残るのは最後の可能性。すぐには撃てない罠カードを握っていたパターンだ。

 そして――【サラ蟲惑魔】に採用される罠カードは1種類しかない。

 「狡猾な落とし穴」だ。

 フィールドのモンスター2体を対象とし、それを破壊する効果を持つフリーチェーンの罠カード。現代の基準に照らし合わせても強力な除去能力を備えているが、自分の墓地に1枚でも罠カードが存在する場合、使用できなくなるという制約も持つ。

 事実上、他の罠カードとの併用を封じられているため、使うのであれば単体で起用することになる。場合によっては「ブレイクスルー・スキル」などの墓地除外効果を持つ罠カードと組み合わせるケースもあるが、いずれにしても何も考えずに採用できるカードではない。

 もちろん、自分自身も罠カードであるため、2枚目以降の「狡猾な落とし穴」が腐ってしまうことにも注意が必要だ。総じて取り回しが難しく、専用デッキでなければ効果的に活用することは困難だろう。

 だが、嵌った時の強さは他の除去カードの比ではない。とりわけ【サラ蟲惑魔】における「狡猾な落とし穴」は大量破壊兵器そのものだ。

 「サラの蟲惑魔」の特殊X召喚の召喚条件を組み合わせた場合、「狡猾な落とし穴」は完全耐性すら突破する最強の除去カードに変貌する。性質上、対象耐性には無力なままだが、「アポクリフォート・キラー」を擁する【メルクリフォート】はもちろん、事と次第によっては【解放真竜】にも勝てる見込みがあるほどだ。

 ……とはいえ、【解放真竜】相手では「狡猾な落とし穴」を発動前に除去されてしまうケースも多く、苦しいゲームになることは否めない。元々デッキコンセプト単位で相性の悪さを抱えている以上、サラが「彼」に苦手意識を持つのも無理はないだろう。

 ともあれ。

 これでサラの持ち札のうち、最も危険なパターンはおおむね判明したと言って良い。手札の不要牌1枚と、セットされている「狡猾な落とし穴」が1枚。今度はその情報を踏まえ、具体的にどう動くかを考えていくことになる。

 情報の入力を終え、モルモラットの思考が凄まじい勢いで回転を始めた。自分の行動はもちろん、サラが取るであろう行動を先読みし、詰め将棋のようにゲーム展開を出力していく。

 ――ダメだ、今の手札じゃ勝てない。

 最終的に彼女が導き出した結論は、「今の手札では敗北する」という厳しい現実だった。サラが何らかのプレイングミスを犯さない限り、モルモラットに勝ち目はない。

 だが、それがこのタイミングで分かったことに意味がある。値千金の情報だろう。

 つまり。

 ここでモルモラットが取るべき行動は、「増殖するG」で可能な限り新たなカードを引くことだ。

「待たせてすみません、動きます。手札の増Gを捨てて効果を発動します」

「……んぁ? どーぞー」

 長考を終え、モルモラットが再び手を動かし始める。確信を持って動いているからだろう、その声には迷いがない。

 一方、サラの返答はどことなく間延びしている。頬杖をついた姿勢からゆっくりと起き上がり、軽く伸びをして姿勢を正す。

 ――う、考えすぎた……。

 ずっと頬杖をついていたせいか、若干頬に手の跡が残っているのが見える。すぐに消えるような薄い跡だが、それはモルモラットに相手を待たせてしまったことへの後ろめたさを感じさせるのに十分な光景だった。

 とはいえ、謝るのも何か違う。長考はカードゲームではよくあることだが、その結果こうして特有の気まずさを覚えることは少なくない。それを感じないほど親しい相手であれば話も変わってくるが……2人はまだそれほど関係が深いわけではない。

「バトルフェイズに入ります」

「どーぞ。殴っていいよ」

 「増殖するG」の効果解決直後、そのままバトルフェイズに移行する。

 サラの動きはない。スタートステップ時の優先権も放棄しているため、モルモラットの動きに合わせて行動するつもりであることが分かる。

「サラブレードでトリオンに攻撃します。通りますか?」

「どーぞ。ダメステ計算まで?」

「はい」

 意外なことに、何事もなく処理が進んだ。

 攻撃力が1700に上昇した「十二獣サラブレード」の攻撃で「トリオンの蟲惑魔」が戦闘破壊され、サラのライフが7900に微減する。「サラの蟲惑魔」は下級蟲惑魔が攻撃対象に選択された場合にも特殊X召喚条件を満たすため、一見すると不可解なプレイングだ。

 しかし、実際には理に適ったプレイングでもある。

 今の状況で「幽鬼うさぎ」の存在を無視して行動することは無謀と言って良い。元々サラはモルモラットが「幽鬼うさぎ」を握っているであろうことを見抜いているが、仮にそうでなくとも誘発ケアは必須だろう。

 例えば、「十二獣ドランシア」の攻撃に反応して「サラの蟲惑魔」の効果を発動した場合、モルモラットには「幽鬼うさぎ」の発動機会が訪れることになる。そのタイミングで「サラの蟲惑魔」が2体並んでいた場合、バトルステップの巻き戻しによって2体とも処理されてしまうことになるからだ。

 つまり、ここで「サラの蟲惑魔」を特殊X召喚したが最後、実質的にサラはその効果を発動することができなくなってしまう。「狡猾な落とし穴」で上手く生き残り、自分のターンまで待てば強引に動けるようにはなるが、その過程で「サラの蟲惑魔」2体を含む多くのリソースを失うのは避けられない。

 よって最後の1体を処理されれば敗北がほぼ確定する。モルモラットが「サラの蟲惑魔」に対する回答を複数備えている以上、サラにとっては相当危うい状況だろう。

 逆に言うと、そこまで雑なプレイングを取っても明確な不利がつかないということでもある。現実問題、【サラ蟲惑魔】のデッキパワーは世紀末次元の標準値を大きく超えていると言わざるを得ない。

「ハマーコングでサラに攻撃します。さらに、手札のヴァイパーの効果を発動します。対象はハマーコングです」

 モルモラットに動揺はなかった。彼女の予測通りの展開だからだ。

「とりあえず解決どーぞ」

「はい。……解決後は何もないです」

 ひとまずサラが優先権を放棄し、「十二獣ヴァイパー」の効果が解決される。「炎舞-「天キ」」による強化を含め、「十二獣ハマーコング」の攻撃力は2500に上昇した。

「サラ効果。召喚」

 あらかじめ優先権を放棄していたモルモラットにささやかな感謝を抱きつつ、サラが「サラの蟲惑魔」の効果を発動する。

 今のサラのフィールドには下級蟲惑魔モンスターが存在しない。ここで何もしないという選択を取ることは不可能だ。

「チェーン2、幽鬼うさぎを捨てて効果を発動します」

 モルモラットが動く。発動されたのは「幽鬼うさぎ」の効果だ。

「ん、いいよ」

「解決します」

 「幽鬼うさぎ」の効果で「サラの蟲惑魔」が破壊されたのち、召喚効果の処理に入る。

 呼び出されたのは「ティオの蟲惑魔」。まだ「ダイガスタ・エメラル」の攻撃を受け止める必要がある以上、ここで「ランカの蟲惑魔」などを召喚することはできない。

「ティオ効果。対象トリオン」

「通ります」

「解決ね」

 召喚時の効果によって「トリオンの蟲惑魔」が守備表示で蘇生される。これで蟲惑魔モンスターの数が2体となり、「サラの蟲惑魔」の特殊X召喚素材を確保できるようになった。

「増G効果で1ドローします」

 直後、「増殖するG」の残存効果により、モルモラットがカードを1枚ドローする。引いたのは「十二獣ラム」、今は全く役に立たないモンスターだ。

「トリオン誘発。対象天キ」

「通ります」

「ん」

 続けて「トリオンの蟲惑魔」の強制効果で「炎舞-「天キ」」が破壊される。ここまでが巻き戻し前に行う処理だ。

「バトルステップの巻き戻しです。攻撃は中断します」

 だが、「十二獣ハマーコング」の攻撃が改めて行われることはなかった。「サラの蟲惑魔」の特殊X召喚のタイミングは「攻撃対象になった時」、つまりバトルステップの巻き戻し後であっても条件を満たす。迂闊に殴りかかればそのまま吸収されることになる。

「エメラルでティオに攻撃。通りますか?」

「うん。ダメステ?」

「はい」

 続けて「ダイガスタ・エメラル」の攻撃が行われるが、ここでも「サラの蟲惑魔」は温存された。今「サラの蟲惑魔」を呼び出した場合、そのまま「十二獣ドランシア」に戦闘破壊されてしまうからだ。

 100ポイントの戦闘ダメージが発生し、サラのライフが7800に微減する。これでサラのフィールドに残るモンスターは「トリオンの蟲惑魔」1体だけになった。

「メイン入ります」

 その後、モルモラットがバトルフェイズの終了を宣言する。「十二獣ドランシア」は攻撃権を残しているが、ここで「トリオンの蟲惑魔」に殴りかかれば「サラの蟲惑魔」に吸収されてしまう。難しいところだが、この場は涙を呑んで見送るほかない。

「んー、じゃあ狡猾。対象はトリオンとハマーコングね」

 だが、バトルフェイズ終了時――正確にはエンドステップ時において、お互いのプレイヤーには優先権が与えられることになる。そして一旦エンドステップに入ったが最後、何らかの効果が発動されたとしてもバトルステップに戻ることはない。

「……んで、サラ公開。特殊X召喚」

 つまり、このタイミングであれば「サラの蟲惑魔」を安全に着地させられるということだ。

 素材となったのは「狡猾な落とし穴」「トリオンの蟲惑魔」「十二獣ハマーコング」の3枚。これでモルモラットは再び盤面を押さえ込まれることになった。

 さらに、「十二獣ハマーコング」が消えたことで「十二獣ドランシア」の耐性も消失する。このままターンを渡せば何らかの方法で除去され、完全に盤面を制圧されてしまうだろう。

 ――やっぱり狡猾。分かってはいたけど。

 だが、それはモルモラットにも分かっていたこと。だからこそ「サラの蟲惑魔」に対処できる札を引き込もうと必死に手を進めているのだ。

「増G効果で1ドローします」

 特殊召喚を行ったことで「増殖するG」の残存効果が適用される。

 事実上のラストドロー。引いたカードは――

「……、カードを1枚セットします。エンドフェイズです」

「どーぞ」

 モルモラットは一瞬沈黙し、その後静かにメインフェイズを終了することを宣言した。

 それが答えだ。

 ――引きが悪い、なんて言い訳だよね……。

 モルモラットは目の前の結果を甘んじて受け入れる。それはデュエリストとして最も基本的な心がけだからだ。

 強いて言うのであれば構築が悪い。あるいはプレイングが悪い。デュエリストの最大の仕事は50%を70%にすること。コイントスの結果にしがみついている間は上達はあり得ない。

「何かありますか?」

「んー、トリオン切ってサラ効果。召喚」

 エンドフェイズにサラが動く。

 着地後、ずっと様子を窺っていた「サラの蟲惑魔」の効果が発動される。デッキから「召喚」する効果であるため、「灰流うらら」に引っかかることもない。

「通ります」

「解決。ティオ召喚、誘発、対象トリオン、特殊召喚まで」

「どうぞ」

 手順の省略を挿みつつ、「ティオの蟲惑魔」の召喚から「トリオンの蟲惑魔」の蘇生までが処理される。

「増G効果で1ドローします」

 「増殖するG」の残存効果はターン終了時まで持続する。エンドフェイズであってもドロー処理の仕方は変わらない。

 ――ブラホ! あと1枚早ければ……!

 引いたカードは「ブラック・ホール」。フィールドの全てのモンスターを破壊するという、極めてシンプルにして強力な全体除去能力を備えたパワーカードだ。

 その高い除去性能から、かつては禁止カードに指定されていた時代もあったほどの存在。OCG次元では環境の変化から2018/1/1以降は無制限カードに規制解除されているが、基本的に2017/1/1以前のレギュレーションしか適用されない世紀末次元では永遠の制限カードと言えるだろう。

 当然、モルモラットのデッキにも1枚しか入っていない。ここでそれを引き当てられたこと自体は僥倖だが、仮にメインフェイズ中に引けていれば盤面を押し返せていた可能性もあった。

 なおかつ、次のターンでは恐らく役割を果たせなくなるカードでもある。なぜなら、返しのターンに「フレシアの蟲惑魔」を置かれることが確定してしまっているからだ。

 相手フィールドには下級蟲惑魔が既に2体立っている。つまり「幽鬼うさぎ」はおろか、「飛翔するG」を差し込む隙すらない。

 そしてひとたび「フレシアの蟲惑魔」が着地してしまえば2重の耐性付与によって「幽鬼うさぎ」「ブラック・ホール」「禁じられた聖杯」のいずれも通らなくなってしまう。よってまずは「フレシアの蟲惑魔」を処理するための除去が必要になってくる。

 だが、現在のモルモラットのデッキ枚数は20枚。残り2枚の「禁じられた聖杯」を引ける可能性はそれほど高くない。

 ――でも……まだ。2枚目の増Gで引ければ。

 それでもモルモラットにとっては、それは勝負を諦める理由にはならなかった。勝ち目が少しでも残っている限り、彼女にはゲームを続ける意思がある。

 モルモラットのライフは7500。さらに、除去耐性こそないが壁モンスターも3体残っている。【サラ蟲惑魔】の展開力をもってしても、ここからいきなりワンショットに持っていかれることはないはずだ。

 そもそも【サラ蟲惑魔】は盤面突破力の大半を「狡猾な落とし穴」の除去能力に依存している。このターン中にそれを回収していない以上、次のターンは盤面の立て直しに終始するはずだ。

「トリオン誘発。解決いい?」

「はい」

 もっとも、サラはこのターン中に「狡猾な落とし穴」を回収することも可能ではあった。だが、その場合「コズミック・サイクロン」が直撃してしまうことになる。

 モルモラットは「コズミック・サイクロン」を握っていなかったため、結果的には不必要な警戒だったが、サラのプレイングもまた正解のひとつ。目先のワンショットよりも隙を見せないことを優先している辺りに、彼女の丁寧なプレイング方針が現れていると言えるだろう。

 破壊されたセットカードは「十二獣の相生」。先攻1ターン目から抱え込んでいたものの、最後まで役に立たなかった蘇生カードだ。こうなるのであれば、定石通り最初からブラフとしてセットしておいた方が遥かに役に立ったに違いない。

「ターンを終了します」

「ん、もらうね」

 ターン終了宣言を受け、簡易デュエルフィールドのターンカウントが4に進む。

 二度目のサラのターン。後攻スタートとは思えない接戦だが、それも終わりに近付いている。モルモラットの圧倒的優位で始まったはずのゲームは、もはや完全にサラの方へと流れが傾いていると言うほかない。

 そして――

 

【2】

「ドロー……お? 先に動くね」

 サラが引いた1枚のカードによって、ゲームは一気に最終局面へと向かった。

「ハマーコング切ってサラ効果。召喚」

 ドローフェイズの優先権を行使してのプレイ。モルモラットの予想に反して、サラの初動は「サラの蟲惑魔」の効果を発動することだった。

「……? チェーン2、幽鬼うさぎを捨てて効果を発動します」

 サラのプレイングを訝しみつつも、モルモラットは「幽鬼うさぎ」をチェーンする。先に「フレシアの蟲惑魔」を立てておけばケアできたはずだが、いくら何でも彼女がそれほど初歩的なミスを犯すはずがない。何らかの意図があることは明らかだ。

 しかし、ここで変に警戒して「サラの蟲惑魔」を素通りさせるのは流石に本末転倒が過ぎる。何かを見落としているような違和感を覚えながらも、モルモラットは最も適切と思われるプレイングを取るしかない。

 ――あっ!?

 そうして「幽鬼うさぎ」を投げ終わった直後、モルモラットはある一つの可能性に思い至った。「サラの蟲惑魔」の特殊召喚封じ効果が邪魔になったパターンだ。

 「サラの蟲惑魔」の制圧効果は両プレイヤーに及ぶ。つまりサラが蟲惑魔以外のモンスターを特殊召喚するつもりでいる場合、あえて「サラの蟲惑魔」を犠牲にする選択を取ることもあり得るのだ。

 もちろん、モルモラットのフィールドには「十二獣ドランシア」が立っているが、それはサラにも見えている。つまり、対処法を握っているということに他ならない。

「ある?」

「……あ、あります。増G投げます」

 血の気が引く。

 重要な2択を、そうと気付かず安易に決めてしまったことに「後から気付く」。それは経験したものにしか分からない、酷く立体感と圧迫感を伴う悔恨だ。

 例えるのであれば、起床後に目覚ましを止め、疲労に逆らえず微睡んでいるうちに時間が過ぎ――ある瞬間に跳ね起きて時間を確認する、あの心臓が縮こまるような感覚だろうか。あるいは授業中、一問だけ解けなかった問題をピンポイントで当てられた時の、あの足元が崩れ落ちるような感覚でもいい。

 取り返しのつかない失敗に顔を青ざめさせるモルモラットは、せめてもの抵抗として「増殖するG」を切った。このターン中に勝負を決めるつもりがないならば、これで動きを多少なりとも牽制できるはずだ。

 自分で考えておきながら、モルモラットはその可能性が限りなく低いことを察していた。

 ここで「ティオの蟲惑魔」を召喚すればレベル4モンスターが4体並ぶ。つまり、「SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング」が2体立ってしまうことになる。

 総火力は10000。モルモラットのライフは7500。「十二獣サラブレード」と「ダイガスタ・エメラル」ではダメージが不足するため、サラが今ドローしたのは「禁じられた聖杯」だろう。それで「十二獣ドランシア」を無力化すれば攻撃力は400となり、総ダメージは8000に達する――

「なら聖槍。対象ティオ。サラ公開、特殊X召喚まで」

 ――え?

 訪れる敗北を幻視したモルモラットの予想を裏切り、何事もなく「禁じられた聖槍」が「ティオの蟲惑魔」に対して発動された。元々手札に握っていたカードが不要牌である以上、これは今ドローしたカードだろう。

 モルモラットは本格的にサラの思考が読めなくなった。

 このタイミングで「サラの蟲惑魔」を立てるということは、他のモンスターを特殊召喚するつもりは最初からなかったということ。だが、それならば一体何のために動いたのかという話になる。

 一応、「幽鬼うさぎ」を受けても2体目の「サラの蟲惑魔」を残せるため、ここで1体目を落とされても致命的ではないと考えられなくもない。とはいえ、だからと言って「サラの蟲惑魔」を犠牲にしていい理由にはならないはずだ。

「通り、ます……?」

「んじゃ解決」

 いずれにしてもモルモラットに取れる行動はない。

 チェーンブロックの解決に進み、それぞれのカードの処理が行われる。特殊X召喚のルールに伴い、チェーン4は実質飛ばし、チェーン3の「増殖するG」の解決からだ。

「チェーン2、幽鬼うさぎでサラを破壊します」

 続けてチェーン2、「幽鬼うさぎ」の効果によって「サラの蟲惑魔」が破壊される。同時にX素材となっていた「狡猾な落とし穴」も墓地へと送られた。

「ランカ召喚。効果」

 最後に「サラの蟲惑魔」の効果が解決される。

 召喚されたのは「ランカの蟲惑魔」。サーチ効果目当てであることは明らかだが、もちろん「灰流うらら」には引っかかってしまう。つまり、そのリスクを冒してでも最大展開を目指したいということだろう。

 そう考えれば、サラの取ったプレイングの意図も見えてくる。サラはこのターンでゲームを決めるつもりなのだ。

 「フレシアの蟲惑魔」を立てなかった理由もそれに絡んでいると言える。守りに関しては非常に強い「フレシアの蟲惑魔」だが、その攻撃力は僅か300。下級蟲惑魔2体を素材にX召喚した場合、総攻撃力は大幅に減少してしまう。

 なおかつ、フィールドを1枠取ってしまうことで「サラの蟲惑魔」の展開が詰まってしまう弱みもある。仮に今の状況で「フレシアの蟲惑魔」を置いていた場合、2体目の「サラの蟲惑魔」を召喚したタイミングでフィールドが埋まってしまい、ぎりぎりのところでライフを削り切れないだろう。

 もっと言えば、現在サラのデッキに「狡猾な落とし穴」は残っていないのだ。攻めに転じる場合に限り、「フレシアの蟲惑魔」はとことん足を引っ張ってしまう。

「通ります」

 ――でも、ここからどうやって?

 「ランカの蟲惑魔」の効果を見送りつつ、モルモラットが内心で首を傾げる。どのように動いたとしても、このターン中にゲームを終わらせる方法が思い当たらない。

 モルモラットも【サラ蟲惑魔】について熟知しているわけではないが、精霊デュエリストの嗜みとしておおよその展開パターンは把握している。それ以前に、そもそも今のサラは不要牌しか握っていないはずなのだ。仮に何らかの見落としがあったとしても、それがこの場面で意味を持つことは恐らくないだろう。

「サーチ先は……ふふ」

 だからこそモルモラットは、サラの様子に疑問を抱かずにはいられなかった。

 笑っている。

 はっきりと笑顔が浮かんでいるわけではない。どちらかと言うと、そのつもりがないにもかかわらず表情に出てしまっているというような。

 いずれにしても、サラという少女の気質を思えば「らしくない」振る舞いだ。感情を誤魔化すことに長けているはずなのに、どうしてそれほどまでに嬉しそうにしているのか――?

「――アトラの蟲惑魔、かな」

 その答えは、誰の目にも明らかなほどに明確な形で示された。

「あ……」

 「アトラの蟲惑魔」。

 下級蟲惑魔モンスターの1体にして、最高の打点を備える【蟲惑魔】屈指のアタッカー。反面、その効果は非常に扱いにくく、ほとんどの型において採用候補から外されることになる不遇のモンスターだ。

 その立ち位置はこの世紀末次元でも変わらず、かつての大戦でも唯一活躍の場を見つけることができなかった。

 それが、ここで。

 ここで出てくるというのか。

「動いて、いい?」

 誰かに見てほしくてたまらない。そう言わんばかりの表情でモルモラットを見つめるサラの姿は、まるで幼い子供のようにも見えた。

 童心に返っている。彼女は今、「ワクワクを思い出して」いるのだ。

「は、はい」

 そしてそれはモルモラットも同じことだった。未知のコンボを前にした時、プレイヤーは清々しい敗北感とともに期待に胸を躍らせる。

 これから一体どう繋がるのか? 自分はここからどう負けるのか? どんな動きを見せてくれるというのか?

「アトラ召喚、トリオン攻撃表示、バトルまで」

 答え合わせの時間が始まる。

「どうぞ。……あと全部通ります」

 モルモラットは全ての優先権を放棄する意思を見せた。

 これまでの攻防により、モルモラットの手札に対応札が残っていないことは明らかとなっている。これ以降のゲームはもはや確認作業に近い。

「トリオンでサラブレードに攻撃」

 まずは「トリオンの蟲惑魔」と「十二獣サラブレード」の戦闘。どちらも攻撃力は1600であるため、そのまま相打ちとなって破壊された。

「ティオ外してサラ効果。召喚」

 続けて「サラの蟲惑魔」の効果が発動される。「サラの蟲惑魔」の効果に同名ターン1制限は設けられていない。複数体並んでいた場合、その分だけ効果を使用することが可能なのだ。

「ティオ召喚。効果。対象ティオ」

 そのまま解決し、「ティオの蟲惑魔」の召喚と効果の発動、その処理までが行われる。

「……あ、っと。増G効果で1ドローします」

 直後、モルモラットが「増殖するG」の残存効果のことを思い出し、慌ててカードを1枚ドローした。

 もっとも、モルモラットのデッキに現状を打破できるカードは採用されていない。何を引いたところで逆転はできず、またそれも含めての先ほどの優先権放棄でもある。

「ティオ誘発。狡猾回収ね」

「通ります」

 その後、特殊召喚された「ティオの蟲惑魔」の効果で墓地の「狡猾な落とし穴」が魔法&罠ゾーンにセットされる。

「ランカ効果。対象は今セットした狡猾」

 最後に、「ランカの蟲惑魔」の2つ目の効果が発動された。

 「ランカの蟲惑魔」は、召喚成功時に「蟲惑魔」モンスターをサーチする効果のほかに、セットされた自分の魔法・罠カードを手札に戻すことができる効果を備えている。フリーチェーンであるため単純に伏せ除去対策となるほか、回収後に代わりの別のカードをセットし直すことも可能だ。

 1つ目の効果のようにアドバンテージを取ることこそできないが、非常に小回りが利く便利な効果と言えるだろう。

「狡猾を手札に戻して……セットは無し」

 セットされていた「狡猾な落とし穴」が手札に戻される。もちろん、その後のカードのセットはない。

 一通りの展開が終わった。

 整えられた状況を前にして、モルモラットは改めて盤面を見渡した。

 自分フィールドにはモンスターが2体。「ダイガスタ・エメラル」が1体、そして2800打点の「十二獣ドランシア」が1体だ。

 一方で、相手フィールドに並ぶモンスターは5体。「ティオの蟲惑魔」が2体、「ランカの蟲惑魔」「サラの蟲惑魔」「アトラの蟲惑魔」がそれぞれ1体ずつ。このうち、「ティオの蟲惑魔」は片方が守備表示であるため、実質のアタッカーは4体となる。

 そして。

「んじゃ……手札から狡猾! 対象はエメラルとドランシア」

 サラの「手札から」、罠カードである「狡猾な落とし穴」が発動された。

 当然のことながら、通常はルール上不可能な動きだ。一部の例外を除き、罠カードはセット状態から1ターン経過しなければ発動できない。もちろん、手札から直接発動するなど以ての外だ。

 だが、今の状況に限り、サラは「狡猾な落とし穴」を手札から発動することが許されている。

 「アトラの蟲惑魔」が立っているからだ。

 「アトラの蟲惑魔」は下級蟲惑魔としては例外的に、誘発効果や起動効果を一切与えられていない。代わりに、自身がフィールドに存在する間、自分の通常罠カードの発動と効果を無効化されなくなることに加え、「ホール」通常罠カード及び「落とし穴」通常罠カードを手札から発動できるようになるという2種類の永続効果を備えている。

 かの「処刑人-マキュラ(エラッタ前)」とも系統を同じくする一見強力な効果だが、実際の使い勝手はそれほど優れているとは言えない。決して弱いわけではないが、他の蟲惑魔と性質が違いすぎるせいで特化構築を取らざるを得ず、結果として純正の【蟲惑魔】では仕事が回ってこないという扱いになってしまう。

 とりわけ【サラ蟲惑魔】では多くのディスシナジーが発生してしまうという弱みもあった。

 中でも「通常罠カードの発動と効果を無効化されなくなる効果」は致命的だ。本来はメリットとなるはずの能力だが、「サラの蟲惑魔」の特殊X召喚条件の関係上、デッキの根幹となる「狡猾な落とし穴」の吸収ギミックが潰れてしまうことになる。

 もちろん、運用方法に気を配れば十分に併用も可能だが……そもそも気を配らなければならない時点で採用は厳しいものがあると言うほかない。単刀直入に言って、「アトラの蟲惑魔」を取り入れるメリットに対してあまりにもデメリットが大きすぎたのだ。

 ――それが、「ランカの蟲惑魔」が現れるまでの話。

 自分のセットカードをセルフバウンスする安定的な手段を手にしたことにより、【サラ蟲惑魔】を回す上で従来とは比較にならないほど「手札に狡猾を抱えている状況」が増えることになった。必然的に、「アトラの蟲惑魔」の永続効果が活きる状況も増していくこととなる。

 例えば「ティオの蟲惑魔」で墓地から回収した「狡猾な落とし穴」を、そのターン中に使用できる可能性が生まれた事実。それは同情を孕んだフォローでも何でもない、これ以上ないまでに明確なメリットだ。

 上記のデメリットが解消されたわけではないため、依然として複数枚の投入は難しいが、元々【サラ蟲惑魔】というデッキはサーチ・リクルートに長けている。1枚挿しておくだけでも展開ルートは大きく広がりを見せることだろう。

 もう「アトラの蟲惑魔」は不要とされるカードではない。

 必須カードだ。

「全員で……んー」

 モルモラットの場が空いたことにより、以降の攻撃はダイレクトアタックとなる。

「……いや、ティオでダイレクト」

 思うところがあったのか、サラは1回ずつに分けて攻撃を行っていく。

 まずは第1打。「ティオの蟲惑魔」の攻撃で1700ダメージが通り、モルモラットのライフは5800に減少した。

「ランカ」

 第2打。攻撃力1500である「ランカの蟲惑魔」の攻撃が通り、ライフが4300にまで減る。

「サラ」

 第3打。「サラの蟲惑魔」のダイレクトアタックにより、2500の戦闘ダメージが入った。

 ……現在のモルモラットのライフは1800だ。

「それじゃ……最後はアトラ。対戦、ありがとね」

 「アトラの蟲惑魔」の攻撃力は1800。よってジャストキルが成立する。

 『攻撃力が1800なのがかっこいい』とは一体誰の言葉だっただろうか?

「はい……対戦、ありがとうございました。楽しかった、です」

 決着がついた。

『勝者:【蟲惑魔】○--』

 デュエルの結果表示とともに簡易デュエルフィールドが一際強く輝き、一呼吸おいて幻のようにかき消える。霧散した決闘力がしばらく宙を漂い、やがて机の上にはカードだけが残った。

 一拍の間があった。

 ゲーム決着後特有の余韻が流れる中、モルモラットは今の勝負内容を反芻する。全力を尽くし、そして負けた。口をはさむ余地もない敗北だ。

 だが、気分は悪くはない。良い戦いだった、楽しいデュエルだったという満足感。心地よい疲労感に襲われながらも、どこかふわふわした感覚に包まれている。

 ――でも、ちょっと悔しいな。

 真っ直ぐな笑顔の裏側に隠された一抹の心残り。誤魔化すことのできないその感情を密かに噛み締めているうちに、モルモラットの視界が徐々に暗くなっていく。

「……え、あ。やば」

 何かを考える間もない。

 サラの焦ったような声を最後に、モルモラットはぱたりと意識を失った。

 

Posted by 遊史