精霊デュエリストの本能 もしくは単にデュエル脳

2018年5月5日

【目次】
前書き


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【前書き】

 この小説は、「遊戯王ADSで世紀末トーナメント」シリーズの三次創作です。作者様である本体氏から掲載許可をいただき、投稿いたしております。

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【1】

 次の日のことである。

「やっほー。元気?」

 朝食を終え、何をするでもなく時間を浪費していたモルモラットの元に、前日と同じく唐突にサラが訪れた。

 白昼夢が歩いている。

 病室の入り口に立つサラの姿を視界に収めたモルモラットは、何度か目をしばたかせて暫しの思考停止へと陥った。自宅でくつろいでいる時に、いきなり隣の部屋から知り合いが現れた――彼女の心境を表すのであれば、おおよそそういった形の表現になるだろうか。

 驚きに固まるモルモラットを意に介さず、サラがてくてくとベットの傍に歩み寄る。途中、手に取っていた椅子をベッドの手前にごとりと置き、ふうとため息をついてから逆向きに椅子に座り込んだ。

 椅子の背を胸元に抱き込み、何度か腰の位置を変えて体勢を調節する。そのうち座り心地のいい場所が見つかったのか、満足げな顔で椅子に身体を預けたサラの態度は、彼女がこの場にしばらく居座るつもりでいることを言外に示しているようだった。

「昨日よりはマシな顔になったかな……あ、それとこれお見舞い品。変な黄色い奴」

 変な黄色い奴――「SNo.39 希望皇ホープONE」を押し付けられ、困惑するモルモラットをよそに、サラがちらりと机の上の「それ」に目をやる。

 デッキ。

 ベッド脇の机に置かれた40枚のカードの束。それはモルモラット――否、【十二獣】の精霊力の具現であり、そして精霊デュエリストの魂そのものとすら言える存在でもある。

 それほど大事なものが無造作に人目に晒されていることに、サラは言いようのないもどかしさを覚えた。流石にプロテクターには入っているが、ここまで警戒心の薄い精霊は未だかつて見たことがない。

 精霊がデッキの存在を忘れることは絶対にあり得ない。つまり、気付いた上で放置しているということだ。

 モルモラットに視線を向ければ、そこには受け取ったカードを呑気に眺める無防備な精霊の姿がある。あまりにも隙だらけなその様子に、サラは遂にむくむくと湧いてくる悪戯心を抑えられなくなった。

「ね、ちょっとデッキ見てもいい?」

 瞬間。

 モルモラットの身体がびくんと跳ね、がちがちに硬直して動かなくなる。息を呑んだまま大きく目を見開き、まばたきすらせずにサラのことを凝視するさまは、先程までの無防備さが嘘であったかのようだった。

「あー……冗談だって」

 外敵を警戒する小動物さながらの姿を見せつけられ、サラが気まずげに目を泳がせる。

「……いや、違うね。ごめん、言い過ぎた」

 ややあって、サラは正直に自分の非を詫び、しおらしく頭を下げた。冗談にしても言っていいことと悪いことがある。

 自分のデッキを直接触れさせるということは、精霊にとっては命を預けるに等しい行為だ。よほど信頼している相手にしか許されることではない。

 一方で、デッキレシピを見せることは誇りある行為とも言われている。とりわけトーナメントシーンを制した上でのリスト開示は、精霊デュエリストにとっては最高の栄誉と言えるほどだろう。

 頭を下げるサラを前に、モルモラットは慌ててデッキを懐に仕舞い込む。事ここに及んでデッキを放置しておくつもりはないようだった。

「きっ、気にしてないから」

 やや裏返った声が届いたところで、サラはようやく頭を上げる。その時になって初めて、サラは知らず知らずのうちに身体が強張っていたことに気付いた。

 緊張している。その理由が分からない。

 ――もしも、「いい」と言われていた場合はどうするつもりだったのか?

 サラはその状況を少しだけ想像し、すぐに思考を打ち切った。彼女にしては極めて珍しいことに、サラはそれについて深く考えないようにした。

 

【2】

「いや、帰った後に何しにあそこに行ったんだろうって思って。それって何か損してるじゃん」

 だからまた来た。

 あっけらかんとした口調で言い放ったサラの表情は底抜けに明るく、何一つ悩みとは無縁の生き方をしているようにも見える。

 それは明らかに本末転倒なのではないかとモルモラットは訝しんだが、彼女は深く考えないようにした。よく分からないことには関わらない。彼女の特技のひとつでもある。

 爽やかな朝の空気が病室を穏やかに満たしている。午前の日の光が窓から柔らかく差し込み、室内を温かく包み込んでいた。

 サラは椅子の背にぐてりと頬を乗せ、何やらむにゃむにゃと呟いた。言葉だったのかすら定かではないが、どうせ大したことではないのだろう――

 モルモラットは変に深く考えていた自分を恥じた。他人から見た自分は他人でしかない。サラから見たモルモラットもおおむねそのようなものだろう。

「……でも、カード恐怖症は治ったみたいだね。よかったじゃん」

 サラが身体を起こす。木製の椅子の足がぎい、と鳴った。

 モルモラットは懐に手をやり、そこにある存在をしっかりと確かめた。もうカードに対する恐怖はなかった。

 昨日。

 サラが病院を去った後、モルモラットは一人カードと対話を繰り返していた。

 気配だけで身体が震え出し、まともに意識に入れることすら叶わなかった最初の挑戦。込み上げる恐怖を押し殺し、どうにかカードの姿を視界に収めた幾度目かの挑戦。

 手が届く位置にまで近付けるようになったのは何時のことだっただろうか?

 夕方になり、日が落ち、いつしか夜も更けて深夜を回る。時間を忘れ、モルモラットは少しずつ、少しずつカードとの距離を縮めていき――遂には直接手で触れられるほどに回復した。

 その時。

 モルモラットは声もなく涙を流し、静かにデッキを抱き締めた。入院からしばらく、何日も停滞していたことを思えば大きな進歩だった。

 だが。

「デュエルしなきゃ、って思う。だってデュエリストだから。でも――」

 そこまで言ってから、モルモラットは言葉に詰まった。言語化することのできない複雑な思いが胸の内に渦巻いている。

 強いて言うのであれば、モルモラットはデュエルを恐れているわけではなかった。あの時の――【カオス】に蹂躙された時の記憶は色濃く残っているが、精霊デュエリストの本能までは見失っていない。

 その、はずだ。

 そうでなければならない。そして、恐らくはそうなのだ。案ずるより産むが易しという言葉もある。モルモラットも理屈では分かっている。

 だが、理屈ではない。

 自分はデュエリストだ――本当にそうなのか? デュエルを恐れているわけではない――もしも、そうではなかったら?

 知るのが怖い。はっきりさせたくない、曖昧なままにしておきたい。

 ずっと考えずにいれば、結論を導き出さずに済む。自分はデュエリストのままでいられる。

 現状維持。

 間違ってはいない。時と場合によっては、結論を先延ばしにすることが良い方向に転がることもあるだろう。前に進むのは気持ちに余裕ができてからでも遅くはない。

 ――でも、そんなの間違ってる。

 モルモラットにはそれが許せなかった。悩みを抱えたままゆるゆると時を過ごすことに耐えられない。

 今のままでいたいという後ろ向きな妥協と、このままではいけないという焦燥。複雑に絡み合った相反する感情はモルモラットの繊細な心に強迫観念を植え付けていた。

 言葉に詰まったまま何も言えなくなり、モルモラットがその場で俯く。ぐるぐると同じ思考ばかりが頭を駆け巡り、前にも後ろにも進めない。そしてその事実がまた、モルモラットの見えない不安をじりじりと駆り立てているのだ。

 サラは。

 そんなモルモラットの様子を口を出さずに見守った。その気になれば、それこそ昨日のようにどうにでも丸め込んでやることはできたはずだが、不思議とそういった手段を用いようとは思えなくなっていた。

 ……恐らく、面倒になったのだ。他人にちょっかいを出して回るのは楽しいが、飽きることもある。今が丁度そのタイミングだったということだろう――

 サラは無理矢理に結論付けることにした。いくつかの矛盾には気づかないふりをした。

「なるほどね」

 導き出した結論に従い、サラは表面上、モルモラットに素っ気ない反応を返してみせる。いかにも話半分に聞き流していたと言わんばかりの態度を覗かせ、

「じゃあ――デュエルする?」

 限りなく大雑把で、それでいて最もシンプルな答えを示した。

 その言葉を耳にした瞬間、モルモラットがはっとしたように顔を上げる。唐突に突き付けられた選択肢は、否が応にもモルモラットに決定することを強いていた。

「卓でいいよ。……私も丁度やりたくなってきたし」

 すっかりその気になったのか、サラは椅子の上で膝立ちになると、ずいと身を寄せてモルモラットの顔を覗き込む。溢れた決闘力がサラの身体から放たれ、ちりちりとモルモラットの肌を焼いている。

 近付いた距離感にたじろぎつつも、モルモラットは苦渋に満ちた表情のまま固まった。それができれば苦労はしない――

「大丈夫だって」

 サラは断言した。あまりにも確信に満ちた声だった。

 モルモラットはサラの目を見上げた。思いのほか真剣な色をしていた。

 モルモラットは少しの間瞑目し、それからゆっくりと前を向いた。静かに懐のデッキを取り出すと、それを机の上に構える。ほとんど無意識の行動だった。

「……ふふ。病み上がりだからシングルにしとこうか。先攻はあげる」

 機嫌良さげにデッキを取り出し、モルモラットの対面に座り直すサラ。まだ本調子ではないことを気遣ってか、1ゲームで決着とするシングルデュエルを提案し、さらに先攻を譲り渡す意思を見せる。

 程度の差はあれ、基本的に遊戯王OCGは先攻絶対有利のゲームだ。あからさまなハンデの持ちかけにモルモラットはやや葛藤の表情を見せたが、こくりと素直に頷いた。

 実力差は理解している。大人しくハンデは受け取っておくべきだろう。

 一呼吸分の間があった。

『ルール:マスタールール3』

『リミットレギュレーション:【十二獣】2017/1/1,【蟲惑魔】2017/1/1』

 二人は机越しに固く握手をし、お互いに決闘力を高めていく。同時にレギュレーションの判定を行い、お互いに公開情報として共有する。

『デュエル!』

 発光。

 デュエル開始の宣言とともに二人の決闘力が実体化し、机の上に簡易デュエルフィールドを形成した。それぞれグリーンとイエローの光がラインとなって机を走り、戦いの舞台を作り上げている。

「なんだ、できるじゃん」

 輝きが収まり、穏やかとなった光が室内を照らす中、サラがぽつりと言葉を零した。ひどく分かりきっていた結果だった。

 モルモラットはただ一度、うん、と頷き。

「やっぱり、わたしデュエリストだ」

 

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