元祖TOD【トランス】の成立 署名運動と緊急のルール改訂も
・前書き
・突破不可能なロックデッキ 【トランス】の成立
・タイム・オーバー・デス 【TOD】の元凶
・実は弱い? 理論上デッキ【トランス】の欠陥
・【トランス】の最期 僅か1ヶ月の命
・まとめ
【前書き】
【第4期の歴史19 貪欲な壺 【リクルーターカオス】と【雑貨貪欲ターボ】の台頭】の続きとなります。特に、この記事では前中後編の後編の話題を取り扱っています。ご注意ください。
突破不可能なロックデッキ 【トランス】の成立
レギュラーパック「ELEMENTAL ENERGY」の中に潜んでいた地雷、それは「サイバー・ブレイダー(エラッタ前)」という一体の融合モンスターでした。
「エトワール・サイバー」+「ブレード・スケーター」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。相手のコントロールするモンスターが1体のみの場合、このカードは戦闘によっては破壊されない。相手のコントロールするモンスターが2体のみの場合、このカードの攻撃力は倍になる。相手のコントロールするモンスターが3体のみの場合、このカードは相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。
相手モンスターの数に応じて3種類の効果を切り替えるテクニカルなモンスターであり、それぞれ戦闘破壊耐性、攻撃力倍化、効果の無効化と分かれています。性質上同時に1つの効果しか得られず、またいずれも満たさない場合は実質バニラと化すなど、非常にピーキーなデザインがなされているカードです。
ただし、当時は「突然変異」が現役であり、さらにルール上エクストラの枚数制限も設けられていなかったため、効果持ちの融合モンスターというだけでも一定の価値がありました。アニメ遊戯王GXの登場キャラクターが使用するエースモンスターというファンアイテム的な側面もあり、少なからず注目を集めていたカードではあったのではないでしょうか。
そうした流れの中、このカードの3つ目の効果を最大限に活用しようとするプレイヤーが一部で現れ、次第に専用デッキの開発が進められていくことになります。エラッタ前のこの時期は「発動を伴わない永続効果」も無効にできる裁定であり、当時のカードプールではほぼ突破不可能なロックを組むことができたからです。
キーカードとなったのは「おジャマトリオ」と「地盤沈下」の2枚でした。これにより相手モンスターの数を3体で固定し、モンスターの展開及び魔法・罠カードを完全に封殺するというギミックです。
これに特化したデッキ、言わば【天上万丈】こそが【トランス】の原形であり、遊戯王前半期においては最高クラスのロック性能を備えたロマン溢れるデッキだったのではないでしょうか。
タイム・オーバー・デス 【TOD】の元凶
……と、ここまでであればよくある話で終わっていたのですが、この【トランス】には致命的な問題が1つありました。上述の通り、一旦決まってしまえばまず抜け出せないほど強固なロックデッキであったために、ルールの穴を付いたマッチキルを狙えることが発覚してしまったからです。
その元凶となったのは以下の大会規定でした。
第1セット中にマッチの制限時間を超過した場合、その段階でライフが多いほうをマッチの勝者とする。
一言で言えば、マッチの制限時間、具体的には試合開始から40分後に決着がついていない場合ゲームを打ち切るというルールです。大会進行の都合上用意されていたルールでしたが、これまではこうした状況が意図的に発生することはまずなく、あってないようなルールとして扱われていました。
しかし、【トランス】を使う場合はこの状況を狙って成立させることができます。具体的には、ロック成立後にライフゲインとデッキ修復を40分間に渡って繰り返し、時間切れと同時にマッチ勝利をもぎ取るという形です。
遊戯王OCGにはサレンダーを認めるルールが存在しないため、この状況を抜け出すにはマッチ自体を諦めるしかありません。実質的に対戦相手に大会棄権を強要するようなものであり、その凶悪さは【Vドラコントロール】【MCV】に勝るとも劣らないものがあると言っても過言ではないでしょう。
実は弱い? 理論上デッキ【トランス】の欠陥
しかしながら、この【トランス】というデッキはその凶悪さとは裏腹に、驚くほど扱いが難しい非常に繊細なデッキでもありました。
はっきり申し上げて、あまり強くはなかったのです。
モンスターカード(7枚) | |
---|---|
×3枚 | デビル・フランケン |
×2枚 | デス・ラクーダ |
×1枚 | サイバーポッド |
メタモルポット | |
魔法カード(13枚) | |
×3枚 | 地盤沈下 |
×2枚 | 悪夢の鉄檻 |
ハリケーン | |
レベル制限B地区 | |
×1枚 | 強欲な壺 |
光の護封剣 | |
ブラック・ホール | |
鳳凰神の羽根 | |
罠カード(20枚) | |
×3枚 | おジャマトリオ |
神の宣告 | |
群雄割拠 | |
光の護封壁 | |
×2枚 | グラヴィティ・バインド-超重力の網- |
サンダー・ブレイク | |
マジック・ジャマー | |
×1枚 | 神の恵み |
現世と冥界の逆転(エラッタ前) | |
エクストラデッキ(?枚) | |
×3枚 | サイバー・ブレイダー(エラッタ前) |
×2枚 | |
×1枚 | サイバー・エンド・ドラゴン |
サイバー・ツイン・ドラゴン | |
サウザンド・アイズ・サクリファイス | |
デス・デーモン・ドラゴン | |
ドラゴン・ウォリアー | |
ナイトメアを駆る死霊 | |
青眼の究極竜 | |
魔人 ダーク・バルター | |
闇魔界の竜騎士 ダークソード | |
(その他省略) |
単純な話として、このロックを決めるためには「おジャマトリオ」「地盤沈下」の2枚、そして「サイバー・ブレイダー(エラッタ前)」を呼び出す「デビル・フランケン」の計3枚のカードが必要になります。これはロックデッキとしては標準的な要求に見えますが、実際のロック成立難易度はそれ以上です。
地盤トリオロックを決めるための「相手フィールドにモンスターが存在しない」という条件を満たす除去カード、「サイバー・ブレイダー(エラッタ前)」を安全に通すための伏せ除去など、前提としてクリアするべき課題は少なくありません。ロック成立直前に何か1つでも妨害を差し込まれた場合、苦労空しく全てが水泡に帰してしまいます。
当然、ロック完成の目途が立つまで身を守ることも重要です。
ビートダウン対策の「レベル制限B地区」などは定番の防御カードですが、この時期は「氷帝メビウス」や「賢者ケイローン」が流行していたため、攻撃抑制カードだけで生き残るのは至難の業でした。その対策として、「神の宣告」といった各種カウンターはもちろん、「群雄割拠」による召喚ロックギミックを取り入れることは半ば必須となります。
無事にロックが決まったとしても安心はできません。「デビル・フランケン」によってライフが大幅に相手を下回る関係上、少なくとも5000、残りライフによっては10000前後のライフゲインが行える体制を作り上げなければならないからです。
単発のライフゲインでは全く回復が追い付かないため、「神の恵み」などの継続ゲインカードはほぼ必須となります。1枚あれば事足りるのは不幸中の幸いですが、ロック成立前に「デビル・フランケン」のライフコストが払えなくなるなど、致命的な状況を回避するためには「非常食」などの即効性のあるゲインカードも必須となってくるでしょう。
その他、「ライフを減らされることによるデュエルの意図しない勝利」にも警戒が必要です。
自分のモンスター全てを守備表示にしておけばトークンの自爆特攻は防げますが、戦闘ダメージを与えてしまうことまでは防げません。「サイバー・ブレイダー(エラッタ前)」の守備力は800であり、何もしなければ反射ダメージによって3~4ターンで相手に自滅され、マッチキルを回避されてしまいます。
そのため、これを防ぐために必須となってくるのが「光の護封壁」などの万能攻撃抑制カードです。
ただし、これは当然「デビル・フランケン」とアンチシナジーであるため、十分なライフをつぎ込めるケースは決して多いとは言えません。最悪の場合、トークンの攻撃を防ぐだけのカードとして運用する羽目になるというのは理解しておくべきでしょう。
こうした問題を乗り越えたとしても、デッキ切れという最後の壁が立ちふさがります。
自分はもちろん、相手も含めてデッキを修復し続けなければならないため、「現世と冥界の逆転(エラッタ前)」とそれを再利用するカードは必須です。筆頭はやはり「闇の仮面」ですが、万が一「抹殺の使徒」で抜かれた場合を考え、「鳳凰神の羽根」などを忍ばせておくことも必要になってきます。
これらを総括して考えると、【トランス】の構築にはギミックの根幹となるロックパーツに加え、その露払いとなる除去カード、ロック成立まで生き残るための防御カード及びカウンターカード、ロック成立後の自爆特攻を防ぐカード、継続的にライフゲインを行うカード、デッキ切れを防ぐカード、それを回収するカードなど、必要なカードがあまりにも多すぎると言わざるを得ません。
それだけでデッキの大半が埋まってしまうほどであり、通常のロックデッキでは基本となるドローソースの水増しも満足に行えない状況です。言うまでもないことですが、メインギミックを潰された場合のサブプランも当然ありません。
なおかつ、1戦目を落とした場合の巻き返しも非常に困難、というより絶望的な状況となります。「ヴィクトリー・ドラゴン」を使う場合は取り返せる可能性もありますが、こちらはルールを利用したマッチキルであり、まずゲームを取られたという時点で全ての戦略が瓦解してしまうからです。
このように、【トランス】というデッキは構造的な欠陥を随所に抱えており、実はそれほど恐ろしいわけではないという現実が浮かび上がってきます。
もちろん、タイム・オーバー・デスを狙うコンセプトそのものは非常に凶悪ですが、純粋にゲーム面だけを見て判断するなら普通のデッキで2勝する方がよほど簡単でしょう。個人的な見解を述べるのであれば、ここまで苦労して完全ロックを決められたのならば逆に天晴れと称賛したくなるほどです。
【トランス】の最期 僅か1ヶ月の命
とはいえ、やはりTODによって対人問題を引き起こす可能性が高いというだけでも致命的であることは変わりません。【トランス】が考案された直後からTOD問題視の風潮が一気に広まり、当時のプレイヤーの間ではTODの撲滅、具体的にはサレンダー・ルールの導入(※)が盛んに求められていました。
(※一部の有志プレイヤーによる署名運動すら起こったほどです)
結局、タイム・オーバー・デスの発覚から1ヶ月足らずで緊急のルール改訂が行われ、消極的な解体を迎えるという結末を辿っています。
デュエルの進行を引き延ばす行為には、「罰則」が適用される
・対戦相手が対戦時間を引き延ばしていると感じた場合は審判に確認を行う。
上記の大会規定により意図的にゲームを長引かせる行為全般が罰則適用対象となり、【トランス】を大会で使用することは事実上不可能となりました。ギミック自体は生きているためロックデッキとしては生存を見せていますが、マッチキルというコンセプトそのものは崩壊した形です。
しかし厳密には、タイムアップによるゲームの打ち切りが無くなったわけではなく、【TOD】の概念が消えたわけではありませんでした。また、具体的にどこまでが遅延行為に該当するかの基準も曖昧なままであり、根本的な解決にはなっていないルール改訂であったことは否定できません。
それどころか、この時に制定されたエキストラターンを想定したプランとして「ご隠居の猛毒薬」や「クリボー」などをサイドに用意するプレイヤーが現れ始めるなど、以前では考えられないような異様な環境の到来を招いてしまった側面もあります。
とはいえ、ルールの明文化によりプレイヤー、ジャッジともに遅延に対する目が厳しくなったことは事実です。実際に2008年の選考会で【ワールドトランス】が使われた際はヘッドジャッジによるデュエルロスが認められています。
実質的なサレンダーの容認とも言える出来事ですが、公式の見解としてはサレンダーではなく、あくまでも「ジャッジによるデュエルロス」だったという扱いです。この辺りは本当に不透明すぎるルールだと個人的には思うのですが、現在に至るまでサレンダー・ルールに整備の手が入っていない以上、今後もこのスタンスが崩れることはないのかもしれません。
【まとめ】
前記事、前々記事と合わせて、レギュラーパック「ELEMENTAL ENERGY」の販売によって起こった出来事は以上となります。
【ガジェット】の有力なメタカードとなる「ハイドロゲドン」の参戦、「貪欲な壺」による【リクルーターカオス】【雑貨貪欲ターボ】の台頭(※)など、当時の環境に多くの変化を生み出したパックだったと言えるでしょう。
(※とはいえ、この時期は【変異カオス】の全盛期でもあり、これらが本格的に活躍を始めるのは9月の制限改訂以降の話です)
そんな中、タイム・オーバー・デスの始祖である【トランス】成立のきっかけとなった「サイバー・ブレイダー(エラッタ前)」を輩出するなど、不穏な出来事も起こっています。
もっとも、デッキ成立までの経緯を鑑みる限り、むしろ被害者は意図せずTOD騒動に巻き込まれてしまった「サイバー・ブレイダー(エラッタ前)」の方だったのかもしれません。
ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
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