闇の時代「9期」の始まり 遊戯王史上最悪のインフレ世代
・前書き
・新ルール「マスタールール3」の制定
・【ペンデュラム召喚】不遇時代 当初は鳴かず飛ばず
・P召喚は「調整が難しすぎるシステム」 産廃か壊れの両極端
・インフレに次ぐインフレ バトル漫画の世界
・まとめ
【前書き】
【第8期の歴史28 【マドルチェ】が地味に環境デッキだった頃 世界大会での活躍も】の続きとなります。ご注意ください。
2012年3月~2014年3月のおよそ2年間続いた第8期が終了し、新たに第9期がスタートしました。新召喚法の実装、そしてそれに伴うデュエルフィールドの様式変更を始めとする大規模なルール改訂が行われており、これこそがマスタールール現役時代における最大の転換期であったと言っても過言ではありません。
新ルール「マスタールール3」の制定です。
新ルール「マスタールール3」の制定
マスタールール3は遊戯王OCGのルールのうち、2014年3月~2017年3月の間に適用されていたものを指します。
前ルールであるマスタールール2との大きな違いは下記の通りです。
①:先攻ドローの廃止
②:フィールド魔法に関するルール変更(※お互いのフィールドに1枚ずつ存在できるようになった)
③:ダメージステップに関するルール変更(※5つのタイミングに明確化した)
④:カードテキストの体裁変更(※いわゆる「9期テキスト」の導入によって効果を把握しやすくなった)
⑤:新召喚法「ペンデュラム召喚」の実装
いずれも遊戯王OCGのゲームシステムに切り込んだ非常に大きな変更であり、ゲームバランス面においても大きな影響が現れていることが分かります。中でも新召喚法である【ペンデュラム召喚】の実装は極めて重大な出来事で、究極的にはこれこそが第9期環境のインフレを招いたと言っても過言ではないでしょう。
とはいえ、上記の変更点をつぶさに取り上げていっても記事が冗長になってしまうため、ここでの解説は省略します。詳しくは公式サイト等をご参照ください。
【ペンデュラム召喚】不遇時代 当初は鳴かず飛ばず
マスタールール3の概要に関しては上記の通りですが、ここからは実装当時の【ペンデュラム召喚】の動向について軽く触れておきます。
ルール面の解説は例によって省きますが、一言でまとめれば「2枚のカードを使ってモンスターを大量展開する召喚法」と捉えることができるルールです。つまり、【シンクロ召喚】や【エクシーズ召喚】とは異なりそれ自体が展開のゴール地点となるわけではなく、あくまでもその起点となる「下準備的な召喚法」であると言えます。
とはいえ、もちろん【ペンデュラム召喚】にも固有の武器はあり、中でも「エクストラデッキの表側表示のPモンスター」を特殊召喚できるという強みは他に類を見ないものです。
例として、「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」というカードを取り上げます。
ペンデュラム・効果モンスター
星7/闇属性/ドラゴン族/攻撃力2500/守備力2000
【Pスケール:青4/赤4】
「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の①②のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。
②:自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。
【モンスター効果】
①:このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。
一見する限り、第9期以前の知識だけでは明らかに理解不能なカードであり、初見で仕組みを把握するのは恐らくかなり困難です。むしろ説明しようと思ってもどこから説明すればいいか分からないほどややこしいカードなのですが、とりあえず「Pモンスターはフィールドから墓地へ送られる場合、代わりにエクストラデッキに表側表示で加わる」というルールを前提にここでは話を進めます。
上記の前提の場合、「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」は「Pスケールを1つ確保しつつ自力でエクストラデッキに行けるモンスター」ということになり、もう1つスケールが揃えばペンデュラム召喚を行う準備が自然と整うことが分かります。そして前述の通りPモンスターは墓地へ送られる代わりにエクストラデッキに送られるため、実質的には毎ターン復活可能な不死身のモンスターと化すわけです。
この圧倒的な不死性こそが【ペンデュラム召喚】最大の強みであり、なおかつ遊戯王の歴史上類を見ない「アドバンテージ概念の崩壊した時代」を成立させてしまったことは疑いようもありません。もちろん、常に【ペンデュラム召喚】絡みのデッキがメタゲームを支配していたわけではありませんが、こうした錬金術的な価値観がスタンダードと化してしまったのは間違いなくPモンスターの存在が原因だったのではないでしょうか。
……と、このように書くと何とも恐ろしげな召喚法に思えますが、実はそんな【ペンデュラム召喚】も無条件で強さを発揮するわけではありません。むしろ当初は率直に言って弱すぎると考えられており、実際に第9期突入直後は鳴かず飛ばずの状況に置かれていました。
理由についてはいくつかありますが、特に致命的なものを挙げるなら下記の3つです。
①:前提条件として2枚のカードを揃えなければならず、初動が全く安定しない。
②:エクストラデッキを安定して肥やす手段が乏しく、序盤は旨味がほとんどない。
③:スケールを割られると全てが瓦解する。
初動が不安定、その割に見返りが薄く、おまけに妨害耐性も無いなど「弱いコンボの条件」を一通り満たしてしまっており、これでまともに戦うのは相当厳しいものがあったと言わざるを得ません。なおかつ、性質上メインデッキに一定のスロットを要求される点も苦しく、カードプールの狭さを差し引いても根本的に弱すぎると言われていた召喚法です。
P召喚は「調整が難しすぎるシステム」 産廃か壊れの両極端
一方で、先に述べた通り【ペンデュラム召喚】システムの存在が第9期環境のインフレの遠因となったことも間違いありません。
一見すると矛盾しているようにも聞こえますが、これは【ペンデュラム召喚】絡みのカードが「カードパワーの適正なバランス調整が極めて困難」であるという事実が関係していたと言えるでしょう。
例えば、「EMモンキーボード」というカードがあります。
【Pスケール:青1/赤1】
「EMモンキーボード」の②のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:もう片方の自分のPゾーンに「EM」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。
②:このカードを発動したターンの自分メインフェイズに発動できる。デッキからレベル4以下の「EM」モンスター1体を手札に加える。
【モンスター効果】
①:このカードを手札から捨てて発動できる。手札の「EM」モンスターまたは「オッドアイズ」モンスター1体を相手に見せる。このターン、そのモンスター及び自分の手札の同名モンスターのレベルを1つ下げる。
見ただけでもう駄目だと分かる類のカードですが、簡単に言えば「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」から自壊効果とタイムラグを取り除いたようなカードです。つまり上記項目で解説した【ペンデュラム召喚】の弱点をおおむね解決してしまっているわけですが、ごく当然の成り行きとして壊れカードと化してしまっていることは否めません。
ところが、これを適正なカードパワーに調整しようとする場合、その試みが思いのほか困難であるということに気付きます。パッと思いつくところではサーチ効果に何らかの条件やコストを設けるといった発想が浮かびますが、そうなると今度はデザインの自由度が一気に狭まってしまうからです。
似たようなデザインのカードとして、「イグナイト・マグナム」というPモンスターを取り上げます。
【Pスケール:青7/赤7】
①:もう片方の自分のPゾーンに「イグナイト」カードが存在する場合に発動できる。自分のPゾーンのカードを全て破壊し、自分のデッキ・墓地から戦士族・炎属性モンスター1体を選んで手札に加える。
範囲の広いサーチ効果を持っているという点では「EMモンキーボード」と同様ですが、発動条件が非常に重く、純粋なカードパワーは決して高いとは言えません。もちろん、【イグナイト】というカテゴリのシナジーを活かせば水準以上のパワーを発揮することもできますが、少なくとも「EMモンキーボード」との性能差は歴然です。
一方で、これを平均的なカードパワーにまで強化しようとする場合、例えば1枚で自壊できるようにしてしまうと途端に壊れカードと化してしまいます。よって「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」のようにタイムラグなどを設けるしかないのですが、そうなると今度は【イグナイト】というテーマの特色が死んでしまい、やはりデザインの自由度において二律背反の状況に陥ることは避けられません。
このように、「EMモンキーボード」「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」「イグナイト・マグナム」という3枚のカードを並べて比較した場合、さながら「一段飛ばしのカードパワーの隔たり」とでも言うべきものが存在することが見えてきます。これはもはやカードレベルの調整ミスというよりもメカニズムの設計段階からの欠陥であり、こうした大味すぎるバランスこそが【ペンデュラム召喚】の失敗を生み出したと言えるわけです。
もちろん、Pモンスターというだけで無条件にバランスが崩れるというわけではなく、実際上記3枚のうち「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」は非常に模範的なデザインのカードです。
しかし、こうした良調整のカードだけを作り続けるのは現実問題として不可能でもあり、とにかくデベロップ面での負担が大きすぎる召喚法だったと言えるでしょう。
インフレに次ぐインフレ バトル漫画の世界
しかしながら、前置きにて軽く言及した通り、やはり【ペンデュラム召喚】最大の問題はこれを基準にカードのデザインが行われる土壌を作り上げてしまったことにあったのではないでしょうか。
よく言われる話ですが、第9期環境の大きな特徴として「ゲームバランスのインフレが極めて激しい時代だった」というものがあります。
このインフレというのは文字通りのインフレという意味で、分かりやすい言葉に直せば「強いテーマを止めるためにそれ以上に強いテーマが現れる」という意味不明な状況を指します。世代開始直後に飛来した【シャドール】【テラナイト】に始まり、ペンデュラムテーマの先駆けとなった【クリフォート】、そして【儀式召喚】の概念を別物に変貌させた【影霊衣】など、2014年に限ってもこうした傾向が浮き彫りとなっていることは明白です。まさにバトル漫画さながらの世界観であり、むしろ今日日バトル漫画ですら珍しいインフレ展開と言うほかありません。
そして、そうした末期的なインフレが極致に至ったのが世に言う【EMEm】の暗黒期であり、同時に【ペンデュラム召喚】がその悪名を轟かせた瞬間だったと言えます。第8期以前の常識では到底計り知れないゲームバランスであり、文字通り「時代が違う」としか言いようがないジェネレーションギャップが広がっていたのではないでしょうか。
【まとめ】
第9期の概要についての話は以上です。
遊戯王の歴史においても並ぶものがないインフレ世代であり、これが遊戯王というカードゲームの決定的な分岐点を務めたことは疑いようもありません。一時的なインフレという意味では第3期の【カオス】、あるいは第8期の【征竜魔導】といった例もありますが、そうしたインフレの傾向が世代全体に渡って恒常的に続いていたというのは流石に前代未聞の事態です。
とはいえ、前向きに捉えれば「普通では味わえないダイナミックな環境をいつでもどこでも楽しめるフィーバー世代」だったと言えないこともなく、今にして思えばこれはこれで趣深い時代だったのかもしれません。
ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ディスカッション
コメント一覧
9期環境の記事心待ちにしておりました。執筆お疲れ様です。
P召喚のカードパワーの調整の難しさについて、言語化されているのは
初めて見たので大変参考になりました。
Pモンスター自体は召喚権を使わずにP効果を使えたり、通常モンスターサポートを活かしたり、
魔法とモンスターの二面性を活かしたデザインが好きでしたが、
EXからのP召喚については色々問題があったと感じられます。
P召喚以外の所でも、テラナイトやシャドールのカードパワーの高さには、
情報を見て衝撃を受けたのをを憶えております。
特にテラナイトは8期までのエクシーズ召喚系のテーマの基本形をなぞりながらも、
あらゆる点で過去のテーマを上回るデザインで、
本当にこんなものが許されるのか、と思っていた記憶があります。
EMEmやマジェユニコーンや十二獣の話に入るのが今から楽しみです。
コメントありがとうございます。
9期は従来の遊戯王の常識が全く通じない時代で、直前に「神智モラルタ」で騒いでいたのが嘘のような魔境が広がっていたように思います。個人的には世代開始から半年間、【シャドール】がひたすら強くなり続けていたことが強く印象に残っています。
2015年以降の執筆については現時点では未定(今はノーデンの記事がようやっとまとまりつつあるかどうかという段階です……)ではございますが、失踪だけはしないように頑張りますので、どうかお付き合いいただければ幸いです。
EMEmはエンタメとは名ばかりの悪夢みたいなデッキでしたね…ショックルーラーを先行で出されて絶望してたのを思い出しますよ〜…
コメントありがとうございます。
遊戯王界隈において、「エンタメ」という言葉が日本語本来とは別の意味を持っているのは間違いなく【EMEm】のせいだと考えています。まさに9期の闇を象徴するようなデッキでした。
いつも更新楽しみにしています。9期に友人からスクラップデッキを渡されて遊戯王を始めました。その友人の使うIFとジャンドになす術なくやられてたのが懐かしいです。
丁度始めて直ぐに帝ストラクが発売される激動の時代でしたが、友人全員が集まって遊ぶ程度のライトユーザーだったのでソリティアデッキでのパワーのぶつけ合いを楽しんでましたね。
9期末期にはフリーなのにシンクロダーク対真竜のジャンケンバトルと化しましたが。。。
コメントありがとうございます。
【スクラップ】はその昔カジュアルで組んでいた時期があり、この直前に現れていた「スクラップ・ファクトリー」のカードパワーに驚いていた記憶が残っています。しかし、周りがそれ以上にインフレしていてそれどころではなく、色々と戸惑いを感じずにはいられなかった時期でした。
スティーラーはリンク召喚とのシナジーが完全に狂っているのでもう復帰は無理そうですね……
10期当初、新ルールによってペンデュラム召喚も随分弱くなったなーとか思ってたら、程なくしてヘビーメタルフォーゼエレクトラムを得た魔術師やらセフィラエンディミオンやらが大暴れしたのを見て、ペンデュラム召喚は丁度良い塩梅というのが難しい召喚法だと感じました。
コメントありがとうございます。
ペンデュラムは記事で語ったこともそうですが、他にも単なる召喚法というよりはそれ自体が一種のカテゴリに近いことも調整を難しくしているように感じます。
別種のカードで例えると、チューナー2体が揃うと墓地からチューナーを蘇生できたりするようなもので、カード名・種族・属性にかかわらずPカードというだけで一定のシナジーを形成していることが良くないのかもしれません。
いつも楽しく拝見しています。9期の執筆を心待ちにしていました。
8期以前のほぼ全ての既存テーマが環境外に追いやられていましたね…当時はなんて末期的な環境だと不満がありましたが、昨今の環境は若干マンネリ気味なので上位層がコロコロ変わったあの頃が少し羨ましく思います。
コメントありがとうございます。
更新再開まで長らくお待たせしてしまいすみません。現在は難産だったノーデンの記事がようやく書き上がり、2014年の総括までの道のりが若干見え始めたところです。
10期以降の環境は9期とは異なったゲームバランスが成り立っており、当時は時代の移り変わりを感じました。今は第11期突入ということで、今度はまた別の変化の風が訪れるのかもしれません。
自分は9期で復帰した勢なので楽しみにしていました。
EMEmの暴れっぷりや出張しまくりの十二獣の活躍をぜひ紹介してやって下さい!
コメントありがとうございます。
【十二獣】まで辿り着けるのがいつになるかは分かりませんが、9期の完成体とも言えるこのテーマはいつか取り扱いたいと思っていますので、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。
いつも楽しく読ませてもらっています。
ペンデュラムは召喚方法の壊れ具合もですが数枚入れた程度じゃ過去テーマだとそこまで役に立たないのが残念でした
結局デッキ自体をある程度ペンデュラムで埋め尽くさないといけないのもここまで極端な調整しかできないことの原因なんですかね
コメントありがとうございます。
ペンデュラム召喚はシンクロやエクシーズとは明らかに別次元の召喚法で、当時は色々と戸惑ったことを覚えています。見るからに調整が面倒そうだという印象を受けたこともあり、いちプレイヤーながら若干の雲行きの怪しさを感じた時期でした。
9期は闇の期間、ペンデュラム召喚はバランスを台無しにしたとよく聞きますが、その歴史を記事で書き出したというのが魅力です。もしURLを残してこの記事を翻訳してアップロードしてもいいですか?
コメントありがとうございます。
記事の翻訳に関しましては元記事のURLを掲載していただければ問題ありません。ただし、翻訳記事の収益化(記事を有料販売する等)についてはご遠慮ください。
(元記事のURLが書いてあり、ビジネス目的でないならアップロードしてもいいです)
大変面白いサイトで時間を忘れて読んでしまいました。
マスターデュエルから本格的に遊戯王を始めた者なのです。
9期以前のテーマをランクで見かけることは少ない反面、9期のテーマは数多く生き残っていて(シャドール、十二獣等)インフレを実感しました。
コメントありがとうございます。
シャドールも十二獣も9期出身勢の中では非常に息の長いアーキタイプで、特に十二獣は出張適正の高さもあってランクマッチで見かける機会も多々あるように感じます。
個人的にはOCGでは禁止のドランシアが今後マスターデュエルでどういった扱いになるのかが気にかかるところです。(これに関してはVFDなども同様ですが、あちらは流石に放置することは考えにくいですし……)