遊戯王と出張の歴史を最初期の環境から振り返ってみる

2019年11月2日

【前書き】

 遊戯王OCGにおける基本知識の1つとして、「出張」と呼ばれる概念が存在します。

 簡単に言えば「特定のデッキで使用可能なギミックを他のデッキに流用する」という構築理論の一種であり、現代遊戯王においては半ば常識と化している概念です。特に第9期以降の環境ではこれを全く利用しないデッキの方が珍しくなっているほどで、文字通りOCGのゲームバランスを形作る重要なセオリーにあたると考えられています。

 とはいえ、この「出張」という概念は近代になって初めて成立したというわけではなく、そのルーツを知るには想像以上に古い過去まで時代を遡る必要があります。もちろん、「出張」という言葉そのものが生まれたのは比較的最近の出来事ですが、実は遊戯王黎明期の段階でもそれに近い考え方が存在していたことは間違いありません。

 この記事では、そんな「出張」の歴史を最初期の環境から振り返っていきます。

 

最古の出張は「苦渋キラスネ」コンボ 第2期中頃の活躍

 遊戯王OCGの歴史において、事実上最古となる出張セットは第2期における「苦渋の選択」と「キラー・スネーク(エラッタ前)」を絡めたコンボです。

 詳しくは上記関連記事の通りですが、大まかには自己サルベージ能力を持った「キラー・スネーク(エラッタ前)」を「苦渋の選択」で一気に墓地に落とすコンボを指します。元々は【キャノンバーン】で使用されていたギミックであり、これを【グッドスタッフ】系のデッキに取り入れることでハンド・アドバンテージを稼ぐことを主な狙いとしていました。

 とはいえ、この頃はカードプールそのものが今と比べて非常に狭く、ハンド・アドバンテージをメリットに変換する手段が限られていたため、実際にはそれほど広く使われていたわけではありません。この「苦渋キラスネ」コンボが取り入れられていたのは「天使の施し」「死者への手向け」「マジック・ジャマー」などの「手札を消費するカード(※)」を多く積んだタイプのデッキに限られ、厳密に「出張」として固まっていたわけではないことが窺えます。

(※稀に「ムカムカ」の強化手段として使われるケースもありました)

 

「悪夢の蜃気楼」+「サイクロン」 第3期初頭に大流行

 そのため、やはり最古の出張として取り上げるべきは「悪夢の蜃気楼」と「サイクロン」を組み合わせたセットなのではないでしょうか。

 第3期初頭、つまりは2002年5月頃を境に急激に大流行した出張セットであり、恐らく古参プレイヤーにとっては非常に印象深いと思われるコンボです。特定のカードを揃える必要があるとはいえ、ローリスクで2:4交換が成立するというのは当時基準では反則的に強く、特に理由がない限りはほとんどのデッキで採用されていたと言っても過言ではありません。

 また、ここに「サンダー・ブレイク」と「キラー・スネーク(エラッタ前)」が追加投入されるケースも少なくなく、とにかく初期のOCGらしからぬ「出張」色の強い運用がなされていました。もちろん、前書きにある通り「出張」という言葉そのものが生まれていたわけではありませんが、要素だけを取り出せば間違いなく「出張」の概念が成立していたことは明らかです。

 とはいえ、当時のプレイヤーの間では単にコンボの一種としか認識されていなかったため、「出張」という考え方そのものは定着に至っていません。

 実際、「悪夢の蜃気楼」が規制される2003年1月以降はコンボの概念も自然消滅してしまっており、実質的には偶然の産物に近いものだったことが窺えます。

 

「ヴァンパイア・ロード」+「ピラミッド・タートル」も有名

 一方、上記の「悪夢の蜃気楼」+「サイクロン」と同時期に流行した出張としては、「ヴァンパイア・ロード」+「ピラミッド・タートル」のセットも有名です。

 主に【ヴァロン】系や【トマハン】において猛威を振るった凶悪リクルートコンボですが、単純に疑似破壊耐性持ちの上級モンスターを気軽に呼び出すコンボと考えても強力だったため、【八汰ロック】などの【グッドスタッフ】系デッキにおいても多用されていました。

 また、種族の関係で「魂を削る死霊」にも対応していたという強みもあり、結果として上記3種を7~9枠のセットで運用する流行が訪れています。

 というより、当時のゲームバランスでは下手をするとヴァンパイア・ロード」1体だけで勝負が決まってしまうことすらあったため、トーナメントシーンではかなりの頻度でこの出張を見かけていた印象はあります。

 具体的な現役時代についてはおおよそ2つの時期に分かれており、前期は【トマハン】全盛期である2002年5月~9月の5ヶ月間、後期は環境がデフレを起こしていた2003年1月~2003年4月の4ヶ月間ほどです。一見するとよく分からない現役期間ですが、なぜそうなったのかに関しては下記の記事で取り上げています。

 

第4期 「出張」が形を持ち始めた時代

 その後、遊戯王OCGは【カオス】全盛期突入に伴う急激なインフレに飲み込まれ、いわゆるパワーカードのぶつけ合いに終始する環境が組み上がってしまうことになります。その結果、カード間のシナジーに頼った「出張」の概念も一時的にほぼ消滅してしまい、おおむね第3期終盤に至るまでの間はめっきり姿を見かけなくなりました。

 とはいえ、そのような不健全な環境が放置されるはずもなく、最終的には禁止カード制度の導入によってゲームバランスに整備の手が入っています。

 これにより相対的にコンボの重要性が再び増すことになり、ようやく「出張」という考え方がおぼろげに形を持ち始めたと言えるでしょう。

 

「ゴブリンのやりくり上手」+「非常食」【やりくりターボ】

 中でも特筆すべきは「ゴブリンのやりくり上手」と「非常食」を組み合わせた【やりくりターボ】のギミックです。

 詳しい仕組みは上記記事で取り上げていますが、一言で言えば質の高い手札交換とライフゲインを同時に行うことを狙ったコンボの一種であり、その利便性から2004年後期を代表する汎用ドローギミックとして環境を席巻しています。この流れには前述の禁止カード制度によってデッキスロットに余裕が生まれていたことも大きな後押しとなっており、時代背景による追い風もあって大流行していた出張セットです。

 ちなみに、現在では「ゴブリンのやりくり上手」と「非常食」の2枚コンボを指して【やりくりターボ】と称することが多いですが、当時においては厳密には下記の9枠~10枠のカード群が【やりくりターボ】と呼ばれていました。

 

【やりくりターボ】出張(9枚) 
×3枚 ゴブリンのやりくり上手
×2枚 非常食
×1枚 悪夢の蜃気楼
苦渋の選択
サイクロン
第六感

 

 【やりくりターボ】のギミックを中心に据えつつも各種パワーカードでこれをサポートする体制が組み上がっており、事故のリスクを極力排した構成に仕上がっていることが分かります。というより、実は純粋な【やりくりターボ】だけではむしろ事故要員になることの方が多かったため、こうした補助輪の追加は必須に近いという考え方が主流でした。

 ともあれ、このような環境での活躍の結果、【やりくりターボ】はその成立から僅か3ヶ月ほどで規制が入ることになります。

 具体的には、ゴブリンのやりくり上手」「非常食」の2枚が準制限カードに、そして「悪夢の蜃気楼」「第六感」「苦渋の選択」の3枚全てが同時に禁止カード行きとなり、【やりくりターボ】というギミックそのものが半壊してしまった格好です。出張パーツの大半を潰すという非常に念入りな規制であり、それだけ当時の環境で【やりくりターボ】が猛威を振るっていたことが窺えるのではないでしょうか。

 

「ネフティスの鳳凰神」+「ネフティスの導き手」【ネフティス】

 【やりくりターボ】ほどの知名度はありませんが、「ネフティスの鳳凰神」と「ネフティスの導き手」によるリクルートコンボもまた第4期を代表する有名な出張の1つです。

 疑似的な破壊耐性に加え、自己再生時に「大嵐」がついてくる強力な最上級モンスターであり、さながら「ヴァンパイア・ロード」をそのまま大型化したようなカードと言えます。純粋なカードパワー自体も第4期当時としては破格ですが、何より「ネフティスの導き手」によって比較的軽い消費でリクルートできることが大きく、疑似的な上級アタッカーに近い感覚で【ノーカオス】などに出張される傾向にありました。

 ただし、2004年当時は「異次元の女戦士」や「D.D.アサイラント」などの天敵が環境で幅を利かせていたため、意外にも活躍の機会には恵まれない状況だったことは事実です。また、デッキ単位においても【次元斬】という相性最悪の仮想敵が存在するなど、全体的に逆風のポジションに置かれていたことは否めません。

 一応、「大嵐」効果に着目してロックデッキ対策として使われるケースが全くなかったわけではありませんが、その場合も「氷帝メビウス」という強大なライバルが立ち塞がります。むしろその「氷帝メビウス」ですら「賢者ケイローン」の後塵を拝するケースも多く、3番手である「ネフティスの鳳凰神」にはほとんど声がかからなかった(※)というのが実情だったのではないでしょうか。

(※しかし、そうした背景がありながらも直近の制限改訂では何故か「ネフティスの鳳凰神」が制限カード指定を受けています)

 とはいえ、前述のように「ネフティスの鳳凰神」自体がパワーカードだったことに変わりはなく、メタゲームの風向きが変わる2005年後期には一転して有力出張セットとして頭角を現すことになります。

 代表的なのが【黄泉帝】における活躍であり、各種上級帝とともに【生け贄召喚】のコンセプトを支えるパーツの1つとして多用されていました。他の上級帝と異なり「クリッター(エラッタ前)」や「遺言状」から疑似的にサーチできることも大きな優位点となり、最終的には同型アーキタイプにおける必須枠に収まっていたほどの存在です。

 

第5期 カテゴリ系パワーカードの増加と「出張」の予兆

 以上のように、第4期以前の環境においても「出張」の概念が確かに存在していたことは間違いありません。

 しかし、やはり出張と言えばカテゴリカードを絡めたものが主流であり、遊戯王初期においてこれを満たすものはごく少数に限られていました。というより、過去のOCGではデザイナーズデッキ≒ファンデッキという認識が浸透し切っていたため、厳密な定義では「出張」という言葉が生まれる余地がそもそも無かったとも考えられます。

 こうした風潮に変化が訪れたのが第5期初頭頃の話で、いわゆるカテゴリ系パワーカードの増加に伴って徐々に「出張」の概念が明確化していくことになります。

 

「E・HERO エアーマン」+「デステニー・ドロー」

 その筆頭は、まず間違いなく「E・HERO エアーマン」と「デステニー・ドロー」を中心とした強力な出張セットに他なりません。

 言わずと知れた第5期環境における最強の出張セットであり、事によっては過去の出張を含めても最強クラスのパワーを持つギミックです。元々「E・HERO エアーマン」自体が当時基準ではパワーカードだったことはもちろんですが、その上でドロー加速がついてくるというのはまさに反則一歩手前の性能で、実際にこの成立以降は環境が【エア】系デッキで塗り潰されてしまっています。

 中でも最大の勢力を築き上げたのが世に言う【エアブレード】ですが、他にも【グッドスタッフ】系アーキタイプに該当する【デステニービート】や、ロックデッキの一種である【デステニーキャンセラー】など、多種多様なデッキにおいて引っ張りだこになっていました。

 流石に1つ1つ解説していくと記事が冗長になってしまうため、下記にオーソドックスな構成をそれぞれ紹介しておきます。

 

【エアブレード】系(13枚) 
×3枚 E・HERO エアーマン
デステニー・ドロー
×2枚 D-HERO ダイヤモンドガイ
E-エマージェンシーコール
増援
×1枚 ならず者傭兵部隊

 

【デステニービート】系(10枚) 
×3枚 E・HERO エアーマン
デステニー・ドロー
×2枚 D-HERO ダッシュガイ
D-HERO ドゥームガイ
×1枚  

 

【デステニーキャンセラー】系(9枚) 
×3枚 E・HERO エアーマン
D-HERO ディアボリックガイ
デステニー・ドロー
×2枚  
×1枚  

 

「墓守の偵察者」+「墓守の番兵」 5年越しの活躍

 上記の【エア】系ギミックと比較するとやや見劣りしますが、「墓守の偵察者」を起点とする【墓守】出張セットの活躍も侮れません。

 これ自体は第3期初期には既に現れていたカード群ですが、参入時点のゲームバランスにおいては十分に真価を発揮できず、当初は【墓守】の専用サポートという扱いに甘んじていました。その後、第4期に入ってしばらくする頃から徐々に評価を高めていき、2007年の【帝コントロール】全盛期において遂に花開いたというのが大まかな事の経緯です。

 また、こうした【墓守】出張セットの現役時代は第5期当時だけではなく、将来的には第6期のシンクロ世代において【緊テレダムド】や【AKB】などを中心に多くの採用実績を残しています。特に【AKB】全盛期の活躍は目覚ましいものがあり、いわゆる「猫天国」成立の決め手の1つにもなったほどです。

 

第6期 デザイナーズデッキ全盛期 「出張」成立の瞬間

 このように、第5期突入を境に知名度を上げていった「出張」という概念ですが、やはりこれが現在の定義で固まった(※)のは第6期頃からだったと言えるでしょう。丁度デザイナーズデッキが環境に台頭し始めた時期とも重なっており、ゲームシステムそのものが現代遊戯王へと近付いていったことによる結果です。

(※また、これにより「出張」の類似概念である「タッチ」との差別化が明確に進んだ時期でもあります)

 ただし、第6期に限ってはシンクロ全盛期という時代背景もあり、カテゴリ系のものよりもチューナーに関連した出張セットが幅を利かせていました。また、【猫剣闘獣】に代表される「デッキ単位での出張」も散見されるなど、全体的にやや独特な出張文化が根付いていた時代です。

 

「緊急テレポート」+下級【サイキック族】

 こうした出張の中でも特に知名度が高いのは、やはり何と言っても「緊急テレポート」出張セットの存在でしょう。

 第6期初頭環境を席巻した汎用シンクロギミックの筆頭であり、遊戯王OCGにおける出張の代表格に取り上げられることも少なくない超有名出張セットです。むしろ第6期当時どころか将来的に何度も環境に浮上(※)しており、その度に規制されている問題児的なカードでもあります。

(※特に有名なのは第9期における【超量帝】や【Kozmo】などでの活躍です)

 ともあれ、それほどのパワーカードが第6期において注目されないはずがなく、【シンクロアンデット】などのシンクロデッキでは言うに及ばず、【ダムドビート】などのビートダウン系デッキにおいてすら出張されるほどに大流行していました。

 ちなみに、「緊急テレポート」のリクルート先としては「クレボンス」「サイコ・コマンダー」の2体が有名ですが、実は稀に「メンタルマスター」に声がかかるケースもありました。これは「D-HERO ディアボリックガイ」とともに7シンクロになれたことが主な理由であり、レベル1のチューナー(※)という点で有用性を見出された格好です。

(※つまり、効果の凶悪さとは無関係な形での活躍でした)

 

「ゾンビキャリア」+「終末の騎士」

 一方、もう1つ忘れてはならないのが「ゾンビキャリア」に絡んだ出張セットの存在です。

 2008年9月2009年3月における「ゾンビ地獄」の環境を生み出した元凶であり、一時期は禁止カード行きの噂すら囁かれていた第6期屈指のパワーカードです。単純なカタログスペックに関しても当時の水準を大幅に超えていたカードですが、当然出張セットとしても非常に高いポテンシャルを秘めていたことは疑いようもありません。

 具体的には、「終末の騎士」との併用によって簡単に6シンクロを作れたため、相性の良いデッキではもちろんのこと、本来シンクロ召喚を扱わないデッキであっても出張することができました。何と言っても当時は「氷結界の龍 ブリューナク(エラッタ前)」「ゴヨウ・ガーディアン(エラッタ前)」などの凶悪な6シンクロが幅を利かせていた時代であり、とりあえず終末の騎士」を「手札コスト1枚で通常召喚可能なブリュゴヨウ」と考えて使うだけでもシンプルに強力だったからです。

 また、ここに「D-HERO ディアボリックガイ」「ダーク・グレファー」「闇の誘惑」などの【闇属性】関連のカードを取り入れて出張をより大型化したもの、あるいは「増援」+「ジャンク・シンクロン」のセットを組み込んで【シンクロ召喚】に寄せたものなど、様々な出張構成が試されていました。

 実際にこれらのパッケージの存在が【スーパードローライダー】成立の一因にもなっており、当時のメタゲームにも多大な影響を及ぼした出張セットだったことが窺えます。

 

「光の援軍」+下級ライトロード(ライコウ・ライラなど)

 他方では、【ライトロード】のように純粋なカードパワーの高さによって流行した出張セットも目を引きます。

 海外出身カードである「光の援軍」を軸とする強力な出張セットであり、本場である【ライトロード】とはまた別の方向で環境を席巻していたギミックです。単純にアタッカー要員や除去要員を自在に使い分けられるというだけでも優秀なギミックですが、その上で墓地肥やしがついてくるというのは破格の強さであり、さながら往年の「カードガンナー」を彷彿とさせる活躍ぶりを見せていました。

 しかし、この【ライトロード】出張セットの全盛期はおおよそ半年ほどの間だけで、2010年3月の改訂で「光の援軍」を含む【ライトロード】関連カードに規制が入ったことにより、出張セットとしては大きく勢いを落とすことになります。

 もっとも、若干勢いが落ちたとはいえ根本的に水準以上のパワーを秘めていたことに変わりはなく、その後もしばらくは出張セットとして使われ続けていました。代表的なところでは【ジャンクドッペル】や【カオスドラゴン】での活躍が有名であり、現役期間の長さだけで言えば遊戯王OCGにおいても屈指の息の長さです。

 逆に言えば、起点となるパーツが制限カード指定を受けているにもかかわらず使われるほどに優秀な出張だったということでもあり、これが完全体で猛威を振るっていた2009年9月2010年3月環境の恐ろしさが垣間見える話でもあるでしょう。

 

第7期以降 キリがないので割愛

 その後、第7期突入を境にデザイナーズデッキ優遇の流れはより一層加速していき、遊戯王OCGにおける出張の概念も次第に基本知識の1つとして浸透していくことになります。

 とはいえ、流石にこの辺りになってくると出張セットの種類も膨大になっており、1つ1つ具体的に取り上げていくと記事が無限に続いていってしまうため、これ以降の出張に関しての解説は割愛します。一応、「出張の定義が現在のものに固まるまでの歴史」という記事のテーマは語り終えることができたと思いますので、この記録が何かの参考になれば幸いです。

 

【まとめ】

 遊戯王と出張の歴史についての話は以上です。

 古くは第2期の「苦渋キラスネ」コンボから始まった考え方であり、まさに遊戯王OCGを語る上では切っても切れない関係にある概念です。もちろん、それが現在の定義で固まるには長い時間を擁しましたが、一旦知識として定着してからはほぼ常識と言っていいほどの重要な構築理論に変化しています。

 その傾向は時代が進むにつれてより一層顕著になっていっているため、今後も間違いなくOCG環境を左右していく概念なのではないでしょうか。

 ここまで目を通していただき、ありがとうございます。