蝶の短剣エルマ 遊戯王史上初の無限ループ系禁止カード

2018年3月9日

【前書き】

 【第3期の歴史12 おジャマトリオ参戦 【ジャマキャン】の成立】の続きとなります。特に、この記事では前中後編の中編の話題を取り扱っています。ご注意ください。

 

【無限ループのお供 蝶の短剣-エルマ】

 「ガーディアンの力」に収録されていたカードのうち、飛び抜けた凶悪さを孕んでいたのは「蝶の短剣-エルマ」という1枚の装備魔法カードでした。

装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。モンスターに装備されているこのカードが破壊されて墓地に送られた時、このカードを持ち主の手札に戻す事ができる。

 装備魔法としての性能は単純明快であり、装備モンスターの攻撃力を300上げるだけの効果です。ただし、装備状態で破壊された時に自己サルベージする効果を持つため、単に修整値だけでは測れない可能性を秘めています。

 しかしながら、単刀直入に申し上げて、これ単体では最弱に近い装備魔法カードです。

 まず、単純に修整値が300とごく僅かである以上、単体強化カードとしてはどう言い繕ってもほとんど役に立ちません。上位互換となるカードも数多く存在することから、これ目当てで使われるケースはほとんどないと断言しても良いでしょう。

 一方、一見強力にも思える自己サルベージ効果についても、やはりルール的な都合から性能には難があると言わざるを得ません。

 装備先のモンスターがフィールドを離れることでこのカードが破壊された場合、自己サルベージ効果を発動できないからです。

 上記の状況での破壊は「装備先が無くなることでのルールによる自壊」であり、自壊のタイミングでは既に装備状態ではなくなっています。よって「モンスターに装備されている」という条件を満たせず、効果自体が発動しないという理屈です。

 装備先モンスターの道連れになって破壊されるというのは、装備カードにとっては最も多い死因であると言っても過言ではありません。その状況で自己サルベージ効果が使えないというのは最大のメリットが死んでいるにも等しく、流石に片手落ちの性能という評価を付けないわけにはいかないでしょう。

 また、この自己サルベージ効果が時の任意効果である事実も信頼性を低下させています。チェーン2以降に破壊された場合はタイミングを逃してしまうため、「サイクロン」などに狙われた場合はあっさり沈んでしまいます。

 もっとも、「サイクロン」と1:1交換が行えればむしろ幸運と言って良いほど弱いカードであるのは上述の通りです。こうした事情を鑑みる限り、やはり「蝶の短剣-エルマ」は普通のデッキに入るようなカードではないでしょう。

 

無限ドローと無限バーン 【ギアフリード1キル】の成立

 しかし、この自己サルベージ効果をループコンボ用のギミックとして見た場合、「蝶の短剣-エルマ」は一転して遊戯王屈指の凶悪コンボパーツへと変貌を遂げます。

このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。

 上記は第3期版「鉄の騎士 ギア・フリード」のテキストです。自身に装備された装備カードを破壊する誘発効果を与えられていることから、様々な形で無限ループと関わりを持っている(※)曰く付きのモンスターとなっています。

(※特に「タイミングを逃す」ルールの制定理由となった「暗黒魔族ギルファー・デーモン」との無限ループはあまりに有名です)

 当然、この「鉄の騎士 ギア・フリード」に「蝶の短剣-エルマ」を装備させた場合、即座に破壊されることは言うまでもありません。その際、「蝶の短剣-エルマ」はチェーン1かつ装備状態で破壊されるため、自己サルベージ効果の発動条件を満たすことが可能です。

 その後、回収した「蝶の短剣-エルマ」を再び「鉄の騎士 ギア・フリード」に装備させることで無限ループが成立します。もちろん、これだけでは何の役にも立ちませんが、ポイントは無限に魔法カードを発動できるというその一点にこそ集約されるでしょう。

 つまり、無限に魔力カウンターを得られるため、魔力カウンター関連のカードと組み合わせることで実質的に無限にその効果を使用できるからです。

 このギミックの最有力パートナーとして浮上したのが「王立魔法図書館」でした。

自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。このカードの魔力カウンターを3個取り除く事で、デッキからカードを1枚ドローする。

 2002年9月19日、「黒魔導の覇者」から生まれたモンスターです。魔法カードが発動される度に魔力カウンターを1個乗せる効果のほか、自身の魔力カウンター3個をコストにデッキから1枚ドローする効果を持っています。

 よって、上記の無限ループにこのカードを組み込むことで無限ドローが成立します。その際、エクゾディアパーツ一式をデッキに搭載していれば自然と特殊勝利が転がり込んでくるでしょう。

 もちろん、勝利手段は必ずしもエクゾディアである必要性はありません。むしろデッキスロットを考慮するのであれば他のコンボパーツを搭載する方が費用対効果に優れていることは明らかです。

 多くの場合、エンドカードとして採用されるのは「ビッグバンガール」と「士気高揚」を組み合わせた即死コンボでした。

自分のライフポイントが回復する度に、相手ライフに500ポイントダメージを与える。

装備魔法カードをモンスターに装備させる度に、装備魔法カードのコントローラーは1000ライフポイント回復する。また、装備魔法カードがフィールドから離れる度に、装備魔法カードのコントローラーは1000ポイントダメージを受ける。

 いずれも単体では役に立ちませんが、上記の無限ループに組み込むことで無限にバーンダメージを飛ばす即死コンボへと変貌します。都合4枚コンボであり、本来であれば達成は非常に困難ですが、無限ドローを前提に考えるのであれば問題にはなりません。

 また、こうした無限ループコンボの存在こそが「蝶の短剣-エルマ」の禁止カード行きの理由となったと言えます。当時はまだ禁止カード制度が存在しなかったためしばらくは生存していますが、ひとたび禁止カード指定を受けた後は一度として制限復帰していない(※)ほどです。

(※ただし、現代のゲームスピードでは1周回って逆に弱くなっているため、必ずしも凶悪カードとは言えなくなっている面もあります。詳しくは下記の記事の通りです)

 【ギアフリード1キル】の正体は、これを先攻1ターン目に決めることに特化した先攻1キルコンボデッキです。

 

実はビートダウン軸の方が強い【ギアフリード1キル】

 しかしながら、この時期は厳しい規制によって先攻1キル関連のコンボパーツは念入りに潰されており、実用的なレベルで先攻1キルデッキを構築するのは非常に困難な状況でもありました。

 実際、現在試しにこの時期のカードプールで【ギアフリード1キル】を組んでみましたが、お世辞にも安定しているとは言い難い紙束に仕上がっています。先攻1キルが全く決まらないわけではありませんが、率直に申し上げてファンデッキレベルの強さです。

 そのため、完全に先攻1キルに特化するのではなく、最初からビートダウン軸で構築し、その中に即死コンボを仕込むという体裁を取った方がデッキの完成度は高まるでしょう。普段はビートダウンデッキとして振る舞い、隙を見て無限ドローを決めるというコンセプトです。

 エクゾディアパーツなどのギミックを特別に用意せずとも、無限の手札があればそのままリソース差で相手を圧倒できます。どうしても決め手が欲しい場合、「魔法の操り人形」などを1枚挿しておくのも悪くはないかもしれません。

自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は200ポイントアップする。また、魔力カウンターを2個取り除く事で、フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 2002年9月19日、「黒魔導の覇者」から生まれたモンスターです。魔力カウンターの数に応じて自己強化する効果を持ち、さらに魔力カウンター2個をコストにモンスター除去を発動する効果を備えています。

 上記ギミックにこのカードを絡めた場合、「魔法の操り人形」は無限にモンスター除去が撃てる攻撃力無限の怪物モンスターと化します。

 魔法・罠カードには触れられませんが、あらかじめ無限ドローで「大嵐」などを引き込んでおけば安全に一撃必殺を通すことができるでしょう。上級モンスターゆえの取り回しの悪さについても、やはり無限ドローがあれば問題にはなりません。

 もちろん、このような凶悪なコンボが許容されるはずもなく、およそ一ヶ月半後の2003年1月1日の制限改訂では早々に「蝶の短剣-エルマ」が制限カード指定を受けることになります。しかし、それまでの間は完全に野放しの状況であり、必然的に当時の環境においても猛威を振るっていくこととなりました。

 事実上、無限ループ搭載デッキとしては史上初の環境入り(※)を果たした形であり、当時のプレイヤーに与えた衝撃は凄まじいものだったのではないでしょうか。

(※一応、第1期終盤に「遺言状(エラッタ前)」と「キャノン・ソルジャー」のループギミックが猛威を振るっていますが、どちらかと言うと【エクゾディア】のおまけ扱いのコンボであり、また厳密には無限ではありませんでした)

 

環境レベルで実績を残した無限ループ搭載デッキの一覧

 補足として、遊戯王前半期の環境においてトーナメントレベルで実績を残した無限ループ搭載デッキの一覧を下記にまとめておきます。

 

2003年8月~ 【暗黒マンティコア】
【第3期の歴史26 暗黒のマンティコアと無限ループコンボ エクゾディアまたも復活】
2004年3月 【深淵1キル】
【第3期の歴史34 深淵の暗殺者 無限の手札コストと【深淵1キル】の成立】
2004年9月 【チック1キル】
※当記事の下記項目参照。
2005年9月 【MCV】
【第4期の歴史23 マッチキル【MCV】の脅威とは 実は脆すぎる事故デッキ】
(※)2008年3月 各種シンクロデッキ全般。
【レスキューシンクロ】等)
【第6期の歴史2 氷結界の龍ブリューナク参戦 エラッタ前のバウンス地獄】
(※)2010年3月 【マスドラガエル】
【第6期の歴史32 イレカエル×粋カエルの禁止コンボ 【ガエル】系デッキの環境入り】
2010年11月~ 【六武衆】
【第7期の歴史6 【六武衆】全盛期到来 六武の門が3枚積めた時代】
2011年3月 【シーラカンスワンキル】
【第7期の歴史14 【超古深海王シーラカンス】が極悪マッチキルデッキだった時代】

(※厳密には無限ではないループに関しては「※」を入れています)

 

 いずれも何らかの形でメタゲームに無視できない影響をもたらした面々であり、中には【マスドラガエル】のように世界大会レベルの領域で脅威を振り撒いたデッキも存在します。また、いわゆるカジュアルデッキを含めれば数はさらに膨れ上がるため、無限ループの概念が遊戯王というカードゲームと切っても切れない関係にあったことが窺えるでしょう。

 もちろん、昔ほど顕著ではないとはいえ今現在のゲームバランスにおいても無限ループの概念は相変わらず生き残っており、恐らくは不治の病(※)と化している基本思想の1つです。

(※ただし、射出系ループに関しては一部を除き撲滅が急進行しています)

 

当時は未発見 【チック1キル】について

 上記一覧でも取り上げていますが、当パック出身の「黒蠍-逃げ足のチック」を利用した無限攻撃コンボデッキ【チック1キル】についても触れておきます。

このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。●フィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。●相手のデッキの一番上のカードを1枚めくる(相手は確認する事はできない)。そのカードをデッキの一番上か一番下かを選択して戻す。

 これ単体ではそれほど脅威となるカードではありませんが、「処刑人-マキュラ(エラッタ前)」「リビングデッドの呼び声」の2枚と組み合わせることで無限ループが成立します。

 具体的な手順は以下の通りです。

 

①:「処刑人-マキュラ(エラッタ前)」の効果で手札から罠カードを発動できるようにする。

 

②:「リビングデッドの呼び声」で「黒蠍-逃げ足のチック」を蘇生する。

 

③:「黒蠍-逃げ足のチック」で戦闘ダメージを通し、その効果で「リビングデッドの呼び声」をバウンスする。

 

④:自壊した「黒蠍-逃げ足のチック」を再度「リビングデッドの呼び声」で蘇生する。

 

 これにより無限に攻撃が行えるようになり、ワンショットキルが成立するというコンボです。そのため、実は密かに規制経験を持つカードでもあります。

 とはいえ、【ギアフリード1キル】のように参入当初からこのコンボが騒がれていたわけではなく、環境レベルで使われるようになったのは少なくとも2004年以降の話でした。コンボ発見に至った明確な時期は不明ですが、実際に2004年9月2005年3月環境においては【深淵1キル】(※)などを中心に即死コンボギミックとして出張された実績もあります。

(※「深淵の暗殺者」を絡めた無限ループデッキの一種です)

 最終的には2005年3月の改訂で「処刑人-マキュラ(エラッタ前)」が禁止カードに指定されたことで成立しなくなったコンボですが、一時期は「蝶の短剣-エルマ」にも見劣りしない脅威を振り撒いていた凶悪な無限ループです。

 

【後編に続く】

 「蝶の短剣-エルマ」が及ぼした被害については以上です。

 単体ではほとんど役に立たないほどの弱小カードでありながら、無限ループが発見されてからは一転して遊戯王屈指の凶悪コンボパーツに姿を変えています。分類的には前記事の「おジャマトリオ」と同様ですが、こちらは純粋に被害の大きさが比べ物になりません。

 実際、直近の制限改訂では即座に対処が入っており、そうした事実からもこのカードの凶悪さが窺えると言えるでしょう。

 このように、当パックで最も注目を集めたカードが「蝶の短剣-エルマ」や「おジャマトリオ」などのコンボパーツ達だったことは前述の通りです。しかし、それらに決して見劣りしない、ビートダウン向けの優良カードが現れていたことも決して見逃せません。

 後編に続きます。

 ここまで目を通していただき、ありがとうございます。

 

Posted by 遊史